ヘッダイメージ
東北地方 北海道
関東地方
中部地方
近畿地方 青森
中国・四国地方 秋田 岩手
九州・沖縄地方 山形 宮城
石川 富山 新潟 福島
長崎 佐賀 福岡 山口 島根 鳥取 兵庫 京都 滋賀 福井 長野 群馬 栃木 茨城
熊本 大分 広島 岡山 大阪 奈良 岐阜 山梨 埼玉 千葉
鹿児島 宮崎 和歌山 三重 愛知 静岡 神奈川 東京
愛媛 香川
沖縄 高知 徳島
※ メニュー先より、全国の高校・公立高校・私立高校の入試偏差値ランキング一覧が確認できます(全国区の難関校が上位に表示されます)。また、地図上のリンク先で都道府県ごとの高校、色分けされた左上のリンク先で地方限定による高校の偏差値ランキングを表示させる事ができます(地元の進学校や受験する高校の偏差値等が分かります)。

青森(普通)


偏差値67( 5つ星評価 )
5教科合計概算(250点満点)188.75点
※平均125点 標準偏差15として計算
偏差値順位全国 137位/7793校( 学科単位 )
東北地方 5位/760校( 学科単位 )
青森県 1位/142校( 学科単位 )
公立/私立公立
男女共学
※記載の値はサイト独自に算出したデータであり、
ひとつの目安として参考程度にとどめてください。

【青森県立青森高等学校】
概要
● 歴史1900年(明治33年)創立の「青森県立青森中学校」(旧制中学校)と1907年(明治40年)創立の「青森県立青森高等女学校」の2校を前身とする。1948年(昭和23年)の学制改革でそれぞれ「青森県立青森高等学校」(男子校)、「青森県立青森女子高等学校」となった後、1950年(昭和25年)にこの2校が統合され、男女共学の「青森県立青森高等学校」となった。創立年は旧制中学校の1900年(明治33年)としている。2010年(平成22年)に創立110年を迎えた。
● 設置課程・学科全日制課程の普通科のみ。
● 定員2008年度(平成20年度)から1学年ごとの定員は40人×7学級となり、約840名が在籍。
● 校訓綱領として「自律自啓」「誠実勤勉」「和協責任」の3つを掲げており、中でも「自律自啓」は最も重視されており、体育館にも掲示されている。
● 校章背景は旧制中学校時代の校章を継承しており、「中」の文字と「∞(無限を表す記号)」を組み合わせ図案化したもの。その上に「高」の文字を配している。「高」の部分が金色、「無限の徽章」部分がねずみ銀色と制定されている。「無限の象徴」と呼ばれている。スクールカラーは古代紫色。
● 校歌タイトルは「無限の象徴」。作詞は横山武夫、作曲は木村繁による。校歌以外にも、「団歌」「甲田が麓の丈夫(こうだがふもとのますらを)」、「合浦の雄」、「野球応援歌」、「凱歌」、「選手を送る歌」、「応援団歌」、「出陣を謳ふ」、「コチャエ節」、「金龍東に立ちのぼり」、「よい敵よい敵」、「Pan the Victory」などがある。
● 校地学校敷地は、八甲田雪中行軍遭難事件で犠牲になった青森歩兵第5連隊の行軍出発のための集合場所であった。21世紀に入り三角形の校舎を新設するまでは、5連隊時代のものをそのまま正門として使用していた。現在では校舎新築に伴い新たな正門が設置されているが、この正門は残されている(但し、通行はできない)。
● 進路卒業後は難関国公立大学及び有名私立大学など上級学校へ進学する者が多い。
交通 ・青い森鉄道 
 ・青い森鉄道線 筒井駅
・青森市営バス
 ・筒井方面行「青森高校前」下車、徒歩1分
 ・桜川・小柳団地方面行「桜川6丁目」下車、徒歩2分通学手段としては、多くの生徒が自転車を利用している。自転車通学が禁止される冬季間は、従来は代わりにバスを利用する生徒が多かったため、バスが非常に混雑したが、2014年3月に筒井駅が開業したことにより、鉄道で通学する生徒も多く見受けられるようになった。
沿革 ● 旧制中学校・新制高等学校(男子校)時代
・1900年(明治33年)9月11日 - 「青森県第三中学校」が青森市大野字長島に開校。
・1909年(明治42年)- 「青森県立青森中学校」と改称。
・1912年(明治45年)- 青森市大字造道字浪打100の6(現在の合浦公園の青森市営野球場付近)に移転。
・1945年(昭和20年)7月28日 - 青森空襲により校舎を焼失。青森市立第一中学校の一部と大湊海軍施設部工員宿舎を借用し、分散授業を実施。
・1946年(昭和21年)6月 - 旧歩兵第5聯隊兵舎を校舎(筒井校舎)とする。青森県立高等女学校と同居。
・1947年(昭和22年)4月1日 - 学制改革(六・三制の実施)
 ・旧制中学校の生徒募集を停止。
 ・新制中学校を併設し(名称:青森県立青森中学校併設中学校、以下・併設中学校)、旧制中学校1・2年修了者を新制中学2・3年生として収容。
 ・併設中学校はあくまで暫定的に設置されたため、新たに生徒募集は行われず、在校生が2・3年生のみの中学校であった。
 ・旧制中学校3・4年修了者はそのまま旧制中学校4・5年生として収容。
・1948年(昭和23年)4月1日 - 学制改革(六・三・三制の実施)により、旧制中学校は廃止され、新制高等学校「青森県立青森高等学校」(男子校)が発足。
 ・旧制中学校卒業生(希望者)を新制高校3年として、旧制中学校4年修了者を新制高校2年として編入。
 ・併設中学校卒業生を新制高校1年として収容。
 ・併設中学校は継承され(名称:青森県立青森高等学校併設中学校)、在校生が1946年(昭和21年)に旧制中学校へ最後に入学した3年生のみとなる。
・1949年(昭和24年)3月31日 - 最後の卒業生を送り出し、併設中学校を廃止。
● 高等女学校・新制高等学校(女子校)時代
・1907年(明治40年)2月15日 - 「青森県立第三高等女学校」が青森市浦町字野脇(現・青森市文化会館の敷地)に開校。
・1909年(明治42年)- 「青森県立青森高等女学校」と改称。
・1911年(明治44年)- 青森県女子師範学校を併置。
・1943年(昭和18年)- 青森県女子師範学校が官立(国立)移管により青森師範学校女子部に昇格したため、組織を分離。
・1945年(昭和20年)7月28日 - 青森空襲により校舎を焼失したため、青森市造道国民学校校舎の一部を借用し授業を再開。
・1946年(昭和21年)6月 - 旧歩兵第5聯隊兵舎を校舎とする。旧制青森県立青森中学校と同居。
・1947年(昭和22年)4月1日 - 学制改革(六・三制の実施)
 ・高等女学校の生徒募集を停止。
 ・新制中学校を併設し(名称:青森県立青森高等女学校併設中学校、以下・併設中学校)、高等女学校1・2年修了者を新制中学2・3年生として収容。
 ・併設中学校はあくまで暫定的に設置されたため、新たに生徒募集は行われず、在校生が2・3年生のみの中学校であった。
 ・高等女学校3・4年修了者はそのまま高等女学校4・5年生として収容(4年で卒業することもできた)。
・1948年(昭和23年)
 ・4月1日 - 学制改革(六・三・三制の実施)により、高等女学校は廃止され、新制高等学校「青森県立青森女子高等学校」が発足。
  ・高等女学校卒業生(希望者)を新制高校3年として、高等女学校4年修了者を新制高校2年として編入。
  ・併設中学校卒業生を新制高校1年として収容。
  ・併設中学校は継承され(名称:青森県立青森女子高等学校併設中学校)、在校生が1946年(昭和21年)に高等女学校へ最後に入学した3年生のみとなる。
 ・この年 - 浪打校舎が完成し移転。
・1949年(昭和24年)3月31日 - 最後の卒業生を送り出し、併設中学校を廃止。
● 新制高等学校(男女共学)
・1950年(昭和25年)4月1日 - 高校三原則に基づく公立高校再編が実施される。
 ・青森県立青森高等学校(男子校)と青森県立青森女子高等学校の2校が統合され、「青森県立青森高等学校」(現校名)が発足。
 ・当面の間、旧・青森高等学校校舎を筒井校舎、旧・青森女子高等学校を浪打校舎として2校舎体制をとる。
 ・組織的には統合されたものの、この時点では校舎による男女別学(男女併学)であり、まだ完全な男女共学ではなかった。
・1951年(昭和26年)4月1日 - 浪打校舎(旧・女子高校舎)を青森県立青森商業高等学校に譲渡し、全生徒を筒井校舎に収容。
 ・男女混合の学級を編成し、完全な男女共学を開始する。
・1970年(昭和45年)9月11日 - 新校舎が完成し移転。
・1980年(昭和55年)- 創立80周年を迎える。
 ・それまで旧青高女OGの「対等の統合である」という心情を考慮し「統合~周年」と数えられていたが、この年より「創立~周年」としてカウントされる。
・1982年(昭和57年)- 修学旅行が一時取り止めになる(大学受験への影響や個人で行ける時代にあえて行う事への疑問などによる)。
・1989年(平成元年)3月9日 - 第2体育館が完成。
・1996年(平成8年)- 青森県教育委員会による入学試験での男女枠撤廃に伴い、青森高校も入試での男女枠撤廃。(撤廃以前は学年における男女比がおよそ31であった。)
・2000年(平成12年)- 創立100周年を記念し、柔道剣道場、屋内練習場(通称:無限ドーム)が完成。
・2002年(平成14年)
 ・4月 - 2学期制に移行。
 ・12月5日 - 特別教室棟を改築。
・2004年(平成16年)8月5日 - 管理棟と普通教室棟(一部)を改築。
・2006年(平成18年)
 ・5月 - 管理棟と普通教室棟(残りすべて)を改築。図書館棟が完成。
 ・12月25日 - 渡り廊下を増築し、校舎改築工事が全て完了。
 ・この年 - 修学旅行を再開。
・2007年(平成19年)9月12日 - 青森市文化会館で校舎改築落成記念式典を挙行。音楽部による発表や、太宰治の長女津島園子による記念講演などが行われた。
・2011年(平成23年)- 第一体育館を改築。
・2012年(平成24年)4月 - 再び3学期制に移行。
・2014年(平成26年)- SGH(スーパーグローバルハイスクール)に指定された。
・2017年(平成29年)- SSH(スーパーサイエンスハイスクール)に指定された。
出身者 ( )内は回期及び卒業年。
● ■旧制・青森県第三中学校/青森県立青森中学校
・ 山田幸五郎(三中3回・1907年) - 工学者、海軍造兵少将、東京写真大学長
・ 福士幸次郎(三中中退) - 詩人
・ 平野信助(青中5回・1909年) - 将棋棋士
・ 高橋潔(青中8回・1912年) - 最高裁判所判事
・ 柳田泉(青中10回・1914年) - 国文学者、英文学者
・ 石館守三(青中14回・1918年) - 薬学者、東京帝国大学薬学部長、国立衛生試験所長、日本薬剤師会長
・ 菊池庚子三(青中14回・1918年) - 大審院判事
・ 菊谷栄(青中16回・1920年) - 劇作家
・ 高木恭造(青中17回・1921年) - 方言詩人
・ 長谷川才次(青中17回・1921年) - ジャーナリスト、時事通信社代表取締役、内外ニュース社長
・ 三浦敬三(青中18回・1922年) - プロスキーヤー、山岳写真家
・ 槇哲夫(青中21回・1925年) - 医学者、東北帝国大学医学部長、日本消化器病学会長、日本外科学会長
・ 木村文男(青中22回・1926年) - 衆議院議員
・ 小野隆祥(青中23回・1927年) - 文芸評論家
・ 鷹山宇一(青中23回・1927年) - 洋画家
・ 阿部合成(青中24回・1928年) - 画家
・ 太宰治(青中24回・1928年) - 小説家
・ 柴田治三郎(青中24回・1928年) - ドイツ文学者
・ 米内山義一郎(青中中退) - 衆議院議員
・ 田中敏文(青中25回・1929年) - 北海道知事
・ 中村拓道(青中25回・1929年) - 衆議院議員、八戸市長
・ 小野正文(青中26回・1930年) - 文芸評論家、青森中央短期大学長
・ 小館善四郎(青中28回・1932年) - 洋画家
・ 関野凖一郎(青中28回・1932年) - 版画家
・ 竹中修一(青中31回・1935年) - 衆議院議員
・ 成田友三郎(青中32回・1936年) - プロ野球選手
・ 高木彬光(青中34回・1938年) - 推理作家
・ 関晴正(青中37回・1941年) - 衆議院議員
・ 坂本慶一(青中39回・1943年) - 農業経済学者、京都大学農学部長
・ 古寺宏(青中40回・1944年) - 衆議院議員
・ 竹内黎一(青中40回・1944年) - 衆議院議員、科学技術庁長官
・ 間宮芳生(青中44回・1947年) - 作曲家
・ 猪谷千春(転校) - アルペンスキー選手、オリンピック銀メダリスト
● ■統合前・青森県立青森高等学校
・ 成田亨(統合前1回・1949年) - 彫刻家、特撮美術
・ 吉田義昭(1950年) - 脚本家、劇作家
● ■旧制・青森県立青森高等女学校
・ 北畠八穂(青高女11回・1921年) - 小説家、詩人
・ 淡谷のり子(青高女中退) - 歌手
・ 相沢良(青高女17回・1927年) - 女性平和運動家、革命家
・ 阿部なを(青高女18回・1928年) - 人形作家、料理研究家
● ■統合・青森県立青森高等学校
・ 川崎祥悦(転校) - 作曲家
・ 佐々木誠造(統合1回・1952年) - 元青森市長
・ 三浦雄一郎(転校) - プロスキーヤー
・ 海渡英祐(統合4回・1954年) - 推理作家
・ 沢田教一(統合4回・1954年) - 報道写真家、ピューリッツァー賞受賞
・ 寺山修司(統合4回・1954年) - 歌人、劇作家
・ 佐々木敬介(統合5回・1955年) - 工学者、千歳科学技術大学長
・ 渋谷五郎(統合6回・1956年) - 卓球選手
・ 村上輝夫(統合6回・1956年) - 卓球選手、世界卓球選手権優勝
・ たむらまさき(田村正毅)(統合7回・1957年) - 撮影監督
・ 三上昭洋(統合7回・1957年) - 詩人
・ 木村隆文(統合8回・1958年) - 元青森山田学園理事長
・ 鈴木ユリイカ(統合10回・1960年) - 詩人
・ 相馬宏男(統合14回・1964年) - NHKアナウンサー
・ 大里洋吉(統合15回・1965年) - 芸能プロダクションアミューズ創業者、代表取締役会長
・ 安保徹(統合16回・1966年) - 医学者
・ 鹿内博(統合17回・1967年) - 前青森市長
・ 鹿内信善(統合19回・1969年) - 教育学者
・ 田澤拓也(統合20回・1970年) - ノンフィクション作家
・ 宮下順一郎(統合21回・1971年) - 前むつ市長
・ 山谷清志(統合23回・1973年) - 政治学者
・ 下山大(統合28回・1978年) - ロボコン指導者
・ 神ひろし(統合31回・1981年) - 中京テレビアナウンサー、元報道部記者
・ 佐藤竹善(統合32回・1982年) - 歌手 Sing Like Talking
・ 藤田千章(統合32回・1982年) - 歌手 Sing Like Talking
・ 柿崎元子(統合32回・1982年) - フリーアナウンサーアナウンサー(元青森放送アナウンサー)
・ 福士珠美(統合33回・1983年) - 元青森テレビアナウンサー
・ 葛西賀子(統合36回・1986年) - フリーアナウンサー(元青森放送アナウンサー)
・ 今泉清保(統合37回・1987年) - 青森テレビ報道部記者(元福岡放送アナウンサー)
・ 鳴海真希子(統合37回・1987年) - 声楽家
・ 対馬孝之(統合38回・1988年) - 青森朝日放送アナウンサー
・ 福士睦(統合38回・1988年) - 日本テレビ制作局チーフクリエイター
・ 三上弥(統合39回・1989年) - NHKアナウンサー
・ 栄長泰明(統合40回・1990年) - 化学者
・ 小野寺晃彦(統合44回・1994年) - 青森市長、元総務省官僚
・ 奈良岡聰智(統合44回・1994年) - 歴史学者
・ 大柳錦也(統合45回・1995年) - プロレスラー、みちのくプロレス所属
・ 山谷亨(統合45回・1995年) - 映画監督・脚本家・演出家
・ 春日井静奈(統合47回・1997年) - タレント・女優(1997年ユニチカ水着キャンペーンモデル)
・ 田邊優貴子(統合47回・1997年) - 生態学者
・ 横濱聡子(統合47回・1997年) - 映画監督、脚本家
・ 小塚歩(統合48回・1998年) - ラジオNIKKEIアナウンサー
・ 宮下宗一郎(統合48回・1998年) - むつ市長、元国土交通省官僚
・ 奈良岡希実子(統合54回・2004年) - 気象予報士
・ 飯田美花(統合60回・2010年) - プロレスラー、プロレスリングWAVE所属脚注

「青森県立青森高等学校」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(https://ja.wikipedia.org/)。2020年5月25日15時(日本時間)現在での最新版を取得。


【学校掲示板】 1件目の書込みをお願いします。




楽天ウェブサービスセンター