ヘッダイメージ
東北地方 北海道
関東地方
中部地方
近畿地方 青森
中国・四国地方 秋田 岩手
九州・沖縄地方 山形 宮城
石川 富山 新潟 福島
長崎 佐賀 福岡 山口 島根 鳥取 兵庫 京都 滋賀 福井 長野 群馬 栃木 茨城
熊本 大分 広島 岡山 大阪 奈良 岐阜 山梨 埼玉 千葉
鹿児島 宮崎 和歌山 三重 愛知 静岡 神奈川 東京
愛媛 香川
沖縄 高知 徳島
※ メニュー先より、全国の高校・公立高校・私立高校の入試偏差値ランキング一覧が確認できます(全国区の難関校が上位に表示されます)。また、地図上のリンク先で都道府県ごとの高校、色分けされた左上のリンク先で地方限定による高校の偏差値ランキングを表示させる事ができます(地元の進学校や受験する高校の偏差値等が分かります)。

伊那北(理数)


偏差値61( 4つ星評価 )
5教科合計概算(250点満点)166.25点
※平均125点 標準偏差15として計算
偏差値順位全国 685位/7793校( 学科単位 )
中部地方 114位/1314校( 学科単位 )
長野県 6位/155校( 学科単位 )
公立/私立公立
男女共学
※記載の値はサイト独自に算出したデータであり、
ひとつの目安として参考程度にとどめてください。

【長野県伊那北高等学校】
概要 略称はなく「伊那北」と呼ばれている。文化祭は「ペン祭」と称し、その名称は校章に由来する。開始当初は9月に行われていたが、進学への影響から1962年の第6回ペン祭から7月開催へ変更された。その後開催時期が早まり、現在は6月後半に開催。自由な校風をモットーに、生徒の自覚を尊重する中で、生徒会が中心となり1970年7月1日に制服の自由化を実行した。一般に修学旅行と呼ばれる行事は、同校では「研修旅行」と呼ぶ。1967年に廃止された修学旅行に代わり、教育成果の期待できる研修旅行を生徒が同年に自主的に開催したことが始まりである。目的地については、行き先を生徒が4〜5コースの中から選択することができ、各方面へ分散して旅行していた時期もあったものの、近年では学年でまとまって長崎や沖縄へ行くことになっている。2006年度まで2年次は一部の教科を、3年次ではほとんどの教科を選択科目としていたが、必修科目が未履修であることが発覚し、この年の3年生は卒業式を20日延期して補習を行った。
沿革 ・1919年12月1日 - 文部大臣中橋徳五郎から長野県伊那中学校の設置を認可。(文部省 野普129号)
・1920年4月1日 - 長野県立伊那中学校として開校。
・1920年4月23日 - 長野県令第38号により、長野県伊那中学校に改称。
・1929年 - 伊那中事件。
・1948年4月 - 学制改革により、長野県伊那北高等学校となる。初の女子生徒入学。
・1949年 - 長野県伊那東高等学校の男子生徒を編入。
・1955年9月23日 - 第1回「ペン祭」開催。
・1957年5月27日 - 火災により北校舎、中校舎の2棟を焼失。
・1993年4月1日 - 理数科を設置。
・2003年4月22日 - 文部科学省より学力向上フロンティアハイスクールの指定(3年間)を受ける。

「長野県伊那北高等学校」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(https://ja.wikipedia.org/)。2020年7月10日3時(日本時間)現在での最新版を取得。


【学校掲示板】 1件目の書込みをお願いします。




楽天ウェブサービスセンター