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※ メニュー先より、全国の高校・公立高校・私立高校の入試偏差値ランキング一覧が確認できます(全国区の難関校が上位に表示されます)。また、地図上のリンク先で都道府県ごとの高校、色分けされた左上のリンク先で地方限定による高校の偏差値ランキングを表示させる事ができます(地元の進学校や受験する高校の偏差値等が分かります)。

藤枝東(普通)


偏差値66( 5つ星評価 )
5教科合計概算(250点満点)185点
※平均125点 標準偏差15として計算
偏差値順位全国 196位/7793校( 学科単位 )
中部地方 39位/1314校( 学科単位 )
静岡県 14位/227校( 学科単位 )
公立/私立公立
男女共学
※記載の値はサイト独自に算出したデータであり、
ひとつの目安として参考程度にとどめてください。

【静岡県立藤枝東高等学校】
概要 1924年に静岡県立志太中学校として開校した公立高校。略称は「東高」(ひがしこう)。2年次より、難関大学受験に向けた文理混合・希望制の特別クラス(通称:Sクラス)が設けられている。文武両道を学校方針として掲げており、高い大学現役合格率を誇る志太榛原地区トップクラスの進学校であるとともに、サッカー部・山岳部をはじめとする部活動も盛んである。開校時にサッカーが校技として採用されたため(当時、多くの旧制中学校は野球が校技であった)、サッカーの有名校が多い静岡県中部地区の中でも特に有名であり、全国大会の出場も多数(全国優勝10回)。特に長池実監督に率いられた1960年代後半から1970年代前半は同校サッカー部の黄金期であり、国体・インターハイ・選手権の全国三冠を含む8度の全国優勝を成し遂げた。また、1952年からは天皇杯全日本サッカー選手権大会を3度開催し(下記参照)、1957年の第12回国民体育大会(静岡国体)の際にサッカー会場となり、昭和天皇による天覧試合となった(校内にその当時の写真が全国優勝トロフィーとともに飾ってある)。現在でも、男子生徒は入学時に全員サッカーシューズと柔道着を必ず購入しなければならない、年2回行われる校内大会(球技大会)はサッカーを中心として行われ、冬に開催されるマラソン大会では伝統的にサッカー部がスタートの合図を出すなど、「サッカーのまち藤枝」の端緒として未だにサッカーの色合いが強い校風である。2009年には人工芝グラウンドが整備された(老朽化・劣化に伴い2018年に改修)。校庭には1957年の国体の際に昭和天皇観戦のためにスタンドが設置され、現在でも同校OBや地域住民がサッカー部の練習や試合の観覧に訪れている。他に、サッカー部OBによるスクール活動を母体として2002年に発足したNPO藤枝東FCジュニアユースがある。1963年に中川根町(現在の川根本町)に川根分校が新たに設置されたが、1966年に静岡県立川根高等学校として独立した。
沿革 ・1923年(大正12年)11月 - 文部省告示第449号を以って設立認可。
・1924年(大正13年)4月 - 静岡県立志太中学校として開校。
・1926年(大正15年)5月 - 校歌制定。
・1948年(昭和23年)4月 - 学制改革により静岡県立志太高等学校となる。
・1948年(昭和23年)9月 - 定時制課程が併設される。
・1949年(昭和24年)4月 - 県下高等学校再編に伴い、静岡県立藤枝高等学校と合併して静岡県立藤枝高等学校となる。旧志太高等学校が東教場、旧藤枝高等学校が教場となる。
・1952年(昭和27年)4月 - 静岡県立藤枝高等学校の東西教場を分割し、静岡県立藤枝東高等学校及び静岡県立藤枝西高等学校となる。
・1963年(昭和38年)4月 - 川根本町徳山(旧中川根町)に川根分校を設置。
・1966年(昭和41年)3月 - 川根分校が静岡県立川根高等学校として独立。
・2004年(平成16年)11月 - 創立80周年記念式典挙行。
・2014年(平成26年)10月 - 創立90周年記念式典挙行。
卒業生 ○ サッカー
・松永行(ベルリン五輪日本代表)
・笹野積次(ベルリン五輪日本代表)
・松永信夫(1954年FIFAワールドカップ予選日本代表)
・松永碩(元日立製作所、元日本代表)
・鈴木秀利(元日本代表)
・橡尾健次(元古河電工、元日本代表)
・渡辺昭夫(元日本代表)
・富沢清司(元八幡製鉄、メキシコ五輪日本代表)
・山口芳忠(元日立製作所、メキシコ五輪日本代表)
・桑原勝義(元名古屋相互銀行、元日本代表)
・菊川凱夫(元三菱重工、1970年FIFAワールドカップ予選日本代表)
・桑原隆(元古河電工)
・松永章(元日立製作所、元日本代表)
・岡村新太郎(元日本鋼管、サッカー指導者)
・三浦孝一(元新日本製鐵、元日本代表)
・井沢千秋(元日本鋼管、元日本代表)
・堀井美晴(元ヤンマーディーゼル、元日本代表)
・碓井博行(元日立製作所、元日本代表)
・中村一義(元富士通、元日本代表)
・服部康雄(サッカー指導者、元藤枝東高校サッカー部監督)
・大野聖吾(サッカー指導者)
・大橋昭好(元ヤマハ発動機、サッカー指導者)
・小西理(元日本鋼管、元日本代表)
・倉田安治(元本田技研、元日本代表)
・中山雅史(アスルクラロ沼津、1998年、2002年FIFAワールドカップ日本代表)
・加藤寿一(元サンフレッチェ広島)
・三上明紀(元浦和レッドダイヤモンズ)
・稲垣博行(元セレッソ大阪)
・見崎充洋(元セレッソ大阪)
・大石悟司(元柏レイソル)
・渡辺毅(元柏レイソル、元日本代表)
・山田暢久(元浦和レッドダイヤモンズ、元日本代表)
・石川竜也(元鹿島アントラーズ、1999年FIFAワールドユース選手権代表)
・河村優(元コンサドーレ札幌)
・佐賀一平(元コンサドーレ札幌、現藤枝東高校サッカー部コーチ)
・岡田佑樹(元コンサドーレ札幌)
・金澤大将(元横浜FC)
・長谷部誠(アイントラハト・フランクフルト、2010、2014、2018FIFAワールドカップ日本代表キャプテン)
・岡田隆(元ジュビロ磐田)
・成岡翔(元藤枝MYFC、2004年アテネオリンピック予選代表)
・大井健太郎(ジュビロ磐田)
・赤星貴文(元MKSポゴニ・シュチェチン)
・碓井健平(元沖縄SV)
・中村祐輝(元ジュビロ磐田)
・山田大記(ジュビロ磐田、元日本代表)
・原田圭輔(元ベガルタ仙台)
・村松大輔(元ギラヴァンツ北九州、元日本代表、2012年ロンドンオリンピック代表)
・河井陽介(清水エスパルス)
・石神幸征(元水戸ホーリーホック)
・藤田息吹(松本山雅FC)
・熱川徳政(元アスルクラロ沼津)
・長沢祐弥(アスルクラロ沼津)
○ その他
・戸塚誠(総務審議官、総務省大臣官房長、総務官僚)
・櫻澤健一(内閣官房内閣情報調査室内閣審議官、警察官僚)
・千野忠男(財務官、アジア開発銀行総裁、大蔵官僚)
・川合正矩(日本通運会長)
・増田幸央(三菱商事常任顧問)
・野田亜友弓(株式会社アイプレス代表取締役)
・山田静雄(静岡県立大学副学長)
・松澤智(元日本大学法学部教授、元東京地方裁判所判事)
・野本寛一(民俗学者、元近畿大学教授、文化功労者)
・大塚成男(会計学者、千葉大学法経学部教授)
・池谷裕二(脳科学者、東京大学大学院薬学系研究科教授)
・若杉桂輔(東京大学准教授)
・池田潔(薬学者)
・広瀬一郎(独立行政法人経済産業研究所上席研究員)
・三島丈和(医師、耳鼻咽喉科専門医、医学博士)
・山田重雄(元バレーボール日本代表監督)
・服部康雄(静岡県立島田工業高等学校長、元藤枝東高校サッカー部監督)
・別所哲也(俳優)
・佐野正幸(俳優、劇団四季所属)
・北村さゆり(日本画家)
・大塚亮治(彫刻家、面打師)
・大宇根弘司(建築家)
・藤津亮太(アニメ評論家)
・村越化石(俳人)
・小川国夫(小説家、元大阪芸術大学教授、旭日中綬章受章)
・松谷卓(ピアニスト、作・編曲家)
・勝山康晴(コンドルズプロデューサー)
・田村明浩(ミュージシャン(スピッツ)、ベーシスト)
・内山久美子(アナウンサー)
・塚本貴之(アナウンサー)
・堀池亮介(アナウンサー)
・植垣康博(元連合赤軍兵士)
・青島正晴(元横浜市立小学校教諭、民主主義的社会主義運動神奈川責任者)アクセス
・藤枝駅からしずてつジャストライン中部国道線・葉梨線「白子(しろこ)」停留所下車徒歩5分
・西焼津駅からしずてつジャストライン五十海大住線「藤枝大手」停留所下車徒歩5分

「静岡県立藤枝東高等学校」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(https://ja.wikipedia.org/)。2020年5月25日17時(日本時間)現在での最新版を取得。


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