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畝傍(普通)


偏差値65( 4つ星評価 )
5教科合計概算(250点満点)181.25点
※平均125点 標準偏差15として計算
偏差値順位全国 262位/7793校( 学科単位 )
近畿地方 75位/1347校( 学科単位 )
奈良県 6位/100校( 学科単位 )
公立/私立公立
男女共学
※記載の値はサイト独自に算出したデータであり、
ひとつの目安として参考程度にとどめてください。

【奈良県立畝傍高等学校】
概要
交通 ・ 近畿日本鉄道(近鉄)
 ・ 「大和八木駅」(橿原線・大阪線)
 ・ 「八木西口駅」(橿原線)
・ 西日本旅客鉄道(JR西日本) 桜井線 「畝傍駅」
沿革 ○ 旧制中学校時代
・ 1896年(明治29年)
 ・ 3月13日 - 「奈良県尋常中学校畝傍分校」が設置される。仮校舎を高市郡八木町大字小房に置く。
 ・ 4月13日 - 八木町晩成尋常小学校(現・橿原市立晩成小学校)の校舎一部を借用して開校。
・ 1897年(明治30年)5月5日 - 新校舎が完成。
・ 1899年(明治32年)4月1日 - 奈良県尋常中学校から分離し、「奈良県畝傍中学校」と改称。奈良県尋常中学校は奈良県郡山中学校に改称。初代校長に永井道明が就任。
・ 1901年(明治34年)6月21日 - 「奈良県立畝傍中学校」と改称(県の後に「立」を置く)。
・ 1933年(昭和8年)10月25日 - 現在地に本館校舎が完成し、移転を完了。
・ 1941年(昭和16年)8月 - 第27回全国中等学校優勝野球大会(夏の甲子園大会の前身)に出場予定であったが、日華事変激化で大会は中止。幻の大会となる。
・ 1943年(昭和18年)4月1日 - 中等学校令の施行により、この時の入学生から修業年限が4年となる。
・ 1944年(昭和19年)- 勤労動員が開始。
・ 1945年(昭和20年)
 ・ 3月 - 教育ニ関スル戦時非常措置方策により、修業年限4年施行の前倒しが決定し、4年生と5年生の合同卒業式を挙行。
  ・ 中等学校令施行以前の入学生(1941年(昭和16年)入学生と1942年(昭和17年)入学生)にも修業年限4年(従来の5年制から1年短縮)が適用された。
 ・ 4月1日 - 本館校舎を海軍経理学校へ提供し、中学校は晩成国民学校(現・橿原市立晩成小学校)の校舎を借用して設置する。
  ・ 学校での授業が停止される。ただし勤労動員等は継続される。
 ・ 8月15日 - 終戦。
 ・ 9月1日 - 終戦および海軍経理学校の解散により、本校舎に戻って授業を再開。
・ 1946年(昭和21年)4月1日 - 修業年限が5年に戻される(4年修了時点で卒業することもできた)。
・ 1947年(昭和22年)4月1日 - 学制改革(六・三制の実施)が行われる。
 ・ 旧制中学校の募集を停止する。
 ・ 新制中学校を併設し(以下・併設中学校)、旧制中学校1・2年修了者を併設中学校2・3年生として収容。
 ・ 併設中学校は経過措置としてあくまで暫定的に設置されたため、在校生が2・3年生のみの中学校であった。
 ・ 旧制中学校3・4年修了者は旧制中学校にそのまま在籍し、4・5年生となった。
○ 新制高等学校時代
・ 1948年(昭和23年)
 ・ 4月1日 - 学制改革(六・三・三制の実施)により、旧制中学校が廃止され、新制高等学校「奈良県立畝傍高等学校」(男子校)が発足。
  ・ 旧制中学校卒業生(5年修了者)を新制高校3年生、旧制中学校4年修了者を新制高校2年生、併設中学校卒業生(3年修了者)を新制高校1年生として収容。
  ・ 併設中学校は新制高校に継承され(名称 奈良県立畝傍高等学校併設中学校)、1946年(昭和21年)に旧制中学校へ最後に入学した3年生のみとなる。
  ・ 施設・校地はすべて旧制中学校から継承される。
 ・ 9月1日 - 高校三原則に基づく公立高校再編により、総合制の「奈良県立畝傍高等学校」(男女共学)が発足。
・ 1949年(昭和24年)
 ・ 1月20日 - 定時制を設置。
 ・ 3月31日 - 併設中学校を廃止。
・ 1951年(昭和26年)11月 - 昭和天皇が来校(校庭が高市郡奉迎場となったため)。
・ 1954年(昭和29年)11月3日 - 校歌を制定。
・ 1955年(昭和30年)3月31日 - 図書館が完成。
・ 1958年(昭和33年)11月19日 - 講堂を増築。
・ 1960年(昭和35年)5月17日 - プールが完成。
・ 1967年(昭和42年)1月20日 - 新体育館が完成。
・ 1969年(昭和44年)12月31日 - 鉄筋コンクリート造4階ての建特別教室新館が完成。
・ 1976年(昭和51年)11月3日 - 創立80周年を記念して金鵄会館(同窓会館)が完成。
・ 1986年(昭和61年)11月3日 - 創立90周年を記念して新南館、史料館、図書室が完成。
・ 1989年(平成元年)8月21日 - 格技場、体育研究室、更衣室、部室新築工事、ハンドボールコート、テニスコートを新設。
・ 1990年(平成2年)8月31日 - 校舎の大規模改修工事が完了。
・ 1996年(平成8年)
 ・ 9月24日 - 文化創造館が完成。
 ・ 10月31日 - 第二史料館が完成。
 ・ 11月2日 - 創立100周年記念式典を挙行。
・ 2004年(平成16年)4月1日 - 奈良県立耳成高等学校を統合(耳成の読みは「みみなし」)。
・ 2005年(平成17年)12月16日 - 新校章を制定。
・ 2007年(平成19年)3月 - 野球部が第79回選抜高等学校野球大会21世紀枠近畿地区代表に選出される。
・ 2008年(平成20年)4月1日 - 奈良県立高田高等学校の定時制課程を統合。
・ 2012年(平成24年)4月20日 - 校舎本館の北館・南館・渡廊下と倉庫(旧動力室)が国の登録有形文化財に登録される。
・ 2014年(平成26年)3月28日 - 文部科学省より、2014年度(平成26年度)のスーパーグローバルハイスクール(SGH)に指定される。
○ 旧・奈良県立耳成高等学校
・ 1983年(昭和58年)4月1日 - 橿原市常盤町に「奈良県立耳成高等学校」が開校。全日制課程普通科を設置。
 ・ 校訓「敬愛、力行、創造」
 ・ 校章は樫の6枚葉を背景に「高」の文字。
 ・ 校歌の作詞は栢木喜一、作曲は中嶋英俊による。歌詞は3番まであり、各番に校名の「耳成高校」が登場する。
・ 1995年(平成7年)12月 - 第74回全国高等学校サッカー選手権大会に奈良県代表として出場(初)。
・ 2000年(平成12年)12月 - 第79回全国高等学校サッカー選手権大会に奈良県代表として出場(2度目)。
・ 2004年(平成16年)4月1日 - 奈良県立畝傍高等学校への統合のため、生徒募集を停止。ただし経過措置として在校生が卒業するまで学校は存続。
・ 2006年(平成18年)4月1日 - 閉校。
出身者 ○ 文学・思想・芸術・宗教
・ 阿波野青畝 - 俳人、『ホトトギス』の中心的同人、校内の金鵄会館(同窓会館)中庭に句碑あり―「狐火やまことかほにも一くさり」
・ 保田與重郎 - 文芸評論家、日本浪曼派、戦後保守論壇の中心人物
・ 五代ゆう - 小説家、ファンタジア長編小説大賞受賞者
○ 社会活動
・ 西光万吉 - 部落解放・社会運動家、全国水平社創立者の一人、「水平社宣言」執筆者(中退後、平安中学へ編入学)
・ 前川喜作 - 実業家、和敬塾創設者
・ 島中雄三 - 文筆家、社会主義運動家、安部磯雄らとともに日本フェビアン協会結成、さらに社会民衆党創設、東京市会議員、嶋中雄作の兄
・ 嶋中雄作 - 中央公論社社長、『婦人公論』創刊。反軍的な自由主義を貫き、1944年言論弾圧事件である横浜事件に連座
・ 山下力 - 部落解放運動家、『被差別部落のわが半生』著者
○ 政治
・ 新谷寅三郎 - 自民党参議院議員、郵政大臣、運輸大臣、自民党両院議員総会長
・ 奥野誠亮 - 自民党元衆議院議員、文部大臣、法務大臣
・ 吉田之久 - 民社党(のち新進党)衆議院議員・参議院議員、国会対策委員長
・ 高市早苗 - 自民党衆議院議員、内閣府特命担当大臣、総務大臣
・ 大西孝典 - 民主党元衆議院議員
・ 阿古和彦 - 葛城市長
・ 堀内大造 - 大和高田市長
○ 経済
・ 奥村太加典 - 奥村組社長、全国建築業協会副会長、大阪建設業協会会長
・ 阪本道隆 - 南都銀行頭取、奈良商工会議所会頭、金鵄会会長、大阪税関名誉署長
・ 西川善文 - 日本郵政初代社長、日本郵政公社第二代総裁、三井住友フィナンシャルグループ社長、三井住友銀行特別顧問、全国銀行協会会長、『ザ・ラストバンカー』著者
・ 辻本憲三 - カプコン会長兼最高経営責任者(CEO)、コンピュータソフトウェア著作権協会理事長、コンピュータエンターテインメント協会会長
・ 脇田珠樹 - ニッセンホールディングス社長、シャディ会長、イトーヨーカ堂取締役、Francfranc取締役
・ 西井孝明 - 味の素社長
○ 学術・教育
・ 森本六爾 - 考古学者、唐古・鍵遺跡発掘、東京考古学会主宰者、松本清張作『断碑』のモデル
・ 樋口清之 - 考古学者、民俗学者、國學院大學名誉教授
・ 網干善教 - 考古学者、関西大学名誉教授、高松塚古墳の発掘調査を指揮
・ 田村圓澄 - 日本古代仏教史、九州大学名誉教授、『日本仏教史』、『古代日本の国家と仏教』著者、仏教伝道協会仏教伝道文化賞受賞
・ 山内得立 - 哲学者、京都大学名誉教授、京都学芸大学(現京都教育大学)学長、『意味の形而上学』、『ロゴスとレンマ』、『随眠の哲学』著者、京都市名誉市民
・ 大峯顕 - 哲学者、俳人(毎日俳壇選者)、浄土真宗教学研究(浄土真宗本願寺派)、大阪大学名誉教授
・ 森一郎 - 英語学、『試験にでる英単語』著者、東京都立日比谷高等学校教諭、関西学院大学教授
・ 畑中正一 - ウイルス学、京都大学名誉教授、塩野義製薬相談役、『現代ウイルス事情』著者、『iPS細胞ができた!』著者(共著者は山中伸弥)
・ 脇田宗孝 - 工芸・文化財教育、奈良教育大学名誉教授、陶芸作家、『世界やきもの紀行』著者
○ 官僚・軍人
・ 吉川元偉 - 外交官、国連大使、国際基督教大学特別招聘教授
・ 淵田美津雄 - 日本海軍の軍人、空母・赤城飛行隊長として真珠湾攻撃現場指揮者、「トラトラトラ」を打電。戦後キリスト教に入信
○ 芸能・スポーツ
・ 麿赤児 - 俳優、舞踏家、演出家
・ 松村又一 - 作詞家、代表作に「お月さん今晩わ」(こまどり姉妹)、「想い出のブルース」(淡谷のり子)等
・ 新口絢子 - フリーアナウンサー
・ 戸田与三郎 - プロ野球選手(南海)
・ 梅本由紀 - 女子プロ野球選手・京都アストドリームス(旧・耳成高校時に入学)

「奈良県立畝傍高等学校」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(https://ja.wikipedia.org/)。2020年7月4日12時(日本時間)現在での最新版を取得。


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