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※ メニュー先より、全国の高校・公立高校・私立高校の入試偏差値ランキング一覧が確認できます(全国区の難関校が上位に表示されます)。また、地図上のリンク先で都道府県ごとの高校、色分けされた左上のリンク先で地方限定による高校の偏差値ランキングを表示させる事ができます(地元の進学校や受験する高校の偏差値等が分かります)。

弘学館(普通)


偏差値66( 5つ星評価 )
5教科合計概算(250点満点)185点
※平均125点 標準偏差15として計算
偏差値順位全国 196位/7793校( 学科単位 )
九州・沖縄地方 15位/1200校( 学科単位 )
佐賀県 1位/82校( 学科単位 )
公立/私立私立
男女共学
※記載の値はサイト独自に算出したデータであり、
ひとつの目安として参考程度にとどめてください。

【弘学館中学校・高等学校】
概要
沿革 佐賀の建設会社で、西日本最大手の総合建設業者である松尾建設が創業100周年の記念事業として1987年(昭和62年)開校。佐賀県内の小・中卒業生の最優秀層の多くが開校前は近県の有名私立中高一貫校に進学していることが分かり、郷土の英才のみならず、日本全国の英才をも佐賀に集め、この地で教育すれば、県全体が活気づき地域浮揚策の一環ともなり得るのではと考え、設立された。ひいては、日本有数の技術先進地であり、明治維新から昭和の前半に至るまでわが国の中枢に数多くの人材を送り出してきた佐賀鍋島藩は、「学問教育は佐賀が第一」といわれ、全国から優秀な若者たちが集まってきたという藩校「弘道館」の存在と、その伝統の流れを汲み「教育県・佐賀」とまでいわれた教育熱を受け継いだ土地である。かつての藩校「佐賀弘道館」に匹敵する「現代の藩校」となることを目指し、校名は藩校弘道館の名に因んで、「弘学館」とした。開校の道義と県民からの賛同、激励はあったものの、”教育の柱”として「中高一貫教育」、「全寮制」、「国際性涵養」の3項目を設定し、風光明媚な用地を確保した他は社内に中高一貫教育のノウハウを知っている者がいなかったが、灘校校長を15年以上務めた勝山正躬を教育顧問に迎え、灘校と同じく教科担当6年間持ち上がり制などが確立された。1987年に中学と高校を同時募集し、1990年、高校1期生61名から東大8名を輩出する。校地は「葉隠」の口述者山本常朝ゆかりの地である佐賀市の北端脊振山系・金立山の麓にあり、南方に雲仙岳、有明海を遥かに望み、佐賀平野の田園風景を見下ろせる位置にある。周辺一帯は県立自然公園に指定されている。卑弥呼時代の遺跡群が点在する、徐福渡来伝説の地でもある。設立当初は男子校であったが、2002年(平成14年)4月から高等学校に限り女子生徒の受け入れ(高校入学90名中約30名)を開始した。その後2007年(平成19年)4月から中学校でも女子を20名程度自宅通学生に限り受け入れを行った。そのため中学の定員が135名(うち自宅通学可能な女子生徒20名)、高校の定員が90名(うち女子生徒30名)で中学、高校とも男女共学となった。さらにその後、2009年度から中学高校全学年に女子が在籍するようになり完全共学化を果たした。
卒業生 ・山下雄平 - 参議院議員
・諸藤周平 - エス・エム・エス創業者・元社長
・熊谷豪 - HRDirection社長
・石田宏樹 - IT企業フリービット創業者
・高校ズ - お笑いコンビ

「弘学館中学校・高等学校」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(https://ja.wikipedia.org/)。2020年5月28日11時(日本時間)現在での最新版を取得。


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