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※ メニュー先より、全国の高校・公立高校・私立高校の入試偏差値ランキング一覧が確認できます(全国区の難関校が上位に表示されます)。また、地図上のリンク先で都道府県ごとの高校、色分けされた左上のリンク先で地方限定による高校の偏差値ランキングを表示させる事ができます(地元の進学校や受験する高校の偏差値等が分かります)。

長崎西(理系)


偏差値67( 5つ星評価 )
5教科合計概算(250点満点)188.75点
※平均125点 標準偏差15として計算
偏差値順位全国 137位/7793校( 学科単位 )
九州・沖縄地方 13位/1200校( 学科単位 )
長崎県 2位/125校( 学科単位 )
公立/私立公立
男女共学
※記載の値はサイト独自に算出したデータであり、
ひとつの目安として参考程度にとどめてください。

【長崎県立長崎西高等学校】
概要
・かつて総合選抜制度を行っていた長崎五校の一つ。
・ほとんどの生徒が四年制大学をはじめとする上級学校への進学を目指す。
・長崎市内の多くの県立高等学校は高台に建っているが、長崎西高は比較的低地にあり、バス(長崎バス、長崎県営バス)に加え、電車でのアクセスがしやすい学校である。JR九州の「浦上駅」、長崎電気軌道の「浦上駅前電停」が近くにあり、そこからは歩道橋を通って学校の近くまで行くことができる。
交通 ● 最寄りの鉄道駅
・九州旅客鉄道(JR九州) 長崎本線 「浦上駅」
・長崎電気軌道 1号・2号・3号系統「浦上駅前電停」
● 最寄りのバス停
・長崎バス・長崎県営バス「浦上駅前」バス停
・長崎バス「西高前」、「西高裏」バス停
● 最寄りの国道・県道・その他の道路
・国道206号
・長崎県道112号長崎式見港線
・都市計画道路浦上川線
沿革 長崎西高等学校は、長崎東高等学校と源流を同じくしている。また、長崎東高とともに、創立年数は1948年(昭和23年)を基準に数えている。前身
● 旧制中学校(男子校)
・長崎県立長崎中学校
 ・1858年(安政5年) - 長崎奉行支配組頭の永持亨次郎によって江戸幕府直轄の「英語伝習所」を創立。
  ・場所 - 官邸の岩原屋敷(現在の長崎歴史文化博物館がある場所)
  ・その後、「英語所」、「語学所」、「洋学所」と改称。
 ・1865年(慶応元年) - 新町に校舎を新築し、「済美館」と改称。
 ・1868年(明治元年) - 明治政府直轄となり、「広運館」と改称。
 ・1872年(明治5年) - 学制が公布され、官立(国立)の「第六大学区第一番中学校」と改称。
  ・その後、「第五大学区第一番中学校」、「広運学校」、「長崎外国語学校」、「長崎英語学校」と改称、移転が続く。
 ・1878年(明治11年) - 願い出により長崎県へ移管され、「長崎県立長崎中学校」と改称。
  ・邦学部・英語学部・植物学部・清語学部の4学部から成る。橘周太陸軍中佐をはじめとする軍人、要人を輩出。
 ・1882年(明治15年)7月 - 欧化政策の影響により、邦学部を廃止し、再び「長崎外国語学校」と改称。
 ・1884年(明治17年)
  ・4月 - 前年1883年(明治16年)に長崎県が佐賀県と長崎県に分県された影響を受け、長崎外国語学校を分割し、「長崎県中学校」と改称。
  ・その後、「長崎県尋常中学校」、「長崎県長崎中学校」と改称。
  ・6月4日 - 「長崎県立長崎中学校」が開校。
 ・1913年(大正2年)7月 - 長崎市鳴滝に長崎県立長崎中学校校舎を新築し、移転。設計は山田七五郎による。
 ・1917年(大正6年)夏 - 第3回全国中等学校優勝野球大会(夏の甲子園)に出場。
 ・1945年(昭和20年)8月9日 - 長崎市への原子爆弾投下により、34名が死亡。
 ・1947年(昭和22年)4月 - 学制改革により、新制の併設中学校(鳴滝中学校)を設置し、旧制中学の2・3年生を収容。旧制中学の募集を停止。
 ・1948年(昭和23年)4月 - 学制改革により、「長崎県立長崎高等学校」(新制高等学校、男子校)となる。 通信教育部を設置。
・長崎県立瓊浦中学校
 ・1922年(大正11年)5月 - 「長崎県立瓊浦中学校」が開校。
 ・1945年(昭和20年)8月9日 - 長崎への原子爆弾投下により、403名が死亡。(爆心地に一番近い旧制中学校であった。爆心地から約800 m南西)
 ・1947年(昭和22年)4月 - 学制改革により、新制中学校を長崎市立山里中学校に併設し、旧制中学の2・3年生を収容。旧制中学の募集を停止。
 ・1948年(昭和23年)4月 - 学制改革により、「長崎県立瓊浦高等学校」(新制高等学校、男子校)となる。
● 高等女学校
・長崎県立長崎高等女学校
 ・1901年(明治34年)6月28日 - 高等女学校令により、「長崎県立長崎高等女学校」を設立。
  ・場所 - 長崎市西山郷(高木與作が寄贈した土地)
 ・1902年(明治35年)
  ・5月1日 - 長崎県立長崎高等女学校が開校。
  ・11月29日 - 長崎県立長崎高等女学校の開校式を挙行。
 ・1947年(昭和22年)4月 - 学制改革により、新制の中学校(西山中学校)を併設し、高等女学校の2・3年生を収容。高等女学校の募集を停止。
 ・1948年(昭和23年)4月 - 学制改革により、「長崎県立長崎女子高等学校」(新制高等学校)となる。
・長崎市立高等女学校
 ・1922年(大正11年)5月 - 「長崎市立高等女学校」が開校。
  ・様式 - 近世ゴシック式鉄筋コンクリート造り4階建てで、九州一の校舎といわれた。
 ・1938年(昭和13年)7月 - 長崎師範学校(男子)の西浦上移転に伴い、桜馬場跡地(現在の長崎市立桜馬場中学校)に移転。
 ・1945年(昭和20年)8月9日 - 長崎への原子爆弾投下により、112名が死亡。
 ・1947年(昭和22年)4月 - 学制改革により、新制の併設中学校を設置し、高等女学校の2・3年生を収容。高等女学校の募集を停止。
 ・1948年(昭和23年)
  ・4月 - 学制改革により、「長崎市立女子高等学校」(新制高等学校)となる。
  ・5月8日 - 定時制課程を開設。開校
・1948年(昭和23年)11月1日
 ・GHQより派遣のニブロ教育官の勧告を受け、上記4校(長崎高・長崎女子高・瓊浦高・市立女子高)を統合の上、中島川・大浦川を境に、長崎県立長崎東高等学校と長崎県立長崎西高等学校に分割。
 ・長崎県立長崎西高等学校
  ・校舎 - 長崎市鳴滝(県立長崎高等学校校舎/現長崎県立鳴滝高等学校)
  ・創立年数はこの年(1948年(昭和23年))を基準に数えられている。
  ・通信教育部を設置(旧・長崎県立長崎高等学校から継承)。
  ・併設中学校は統合により「長崎県立長崎東西高等学校併設中学校」として桜馬場校舎(長崎市立桜馬場中学校)に集約される。
・1949年(昭和24年)
 ・3月31日 - 併設中学校を廃止。
 ・6月1日 - 高島分校(定時制)を設置。
 ・10月 - 長与分校(定時制)を設置。当時の長与村立長与中学校(現 長与町役場 庁舎)に併設の形をとる。
・1950年(昭和25年)
 ・7月25日 - 長崎市竹の久保町(現在地、旧制県立瓊浦中学校跡)に木造校舎を新築、移転。
 ・教員・財産・生徒に格差を生じさせないことを目的に、長崎西高と長崎東高との間で、総合選抜試験を開始。
・1951年(昭和26年)
 ・12月 - 校歌「眉秀でたる若人よ」を制定。
 ・4月 - 式見分校(定時制普通科)を開校。
・1958年(昭和33年)
 ・3月 - 各校独自の方法で生徒募集をしたいという要望から、長崎東高と長崎西高の総合選抜制を一旦廃止。。
・1961年(昭和36年)
 ・この年 - 長崎南高等学校の新設にあたり、総合選抜制度が復活。。
・1971年(昭和46年)8月8日 - 旧制瓊浦中学校の「報国隊犠牲者の碑」が正門横に完成し、入魂式を挙行。
・1974年(昭和49年)4月1日 - 琴海分校が長崎県立琴海高等学校として分離・独立。
・1978年(昭和53年)11月 - 創立30周年記念式典を挙行。「自律」を校訓に制定。記念事業として「自律の像」を建立、「柏の森」を造園。
・1979年(昭和54年)3月 - 長崎北陽台高等学校の開校に伴い、長与分校が30年の歴史に幕を下ろす。
・1995年(平成7年)3月 - 総合選抜制度の一部改正。
 ・文系総合コース・理系総合コースをそれぞれ1クラス設置し、一部ではあるが受験生が直接長崎西高校を選べるようにした。
 ・推薦入試を開始。
・1998年(平成10年)11月 - 創立50周年記念式典を挙行。記念事業として「自律の鐘」と「自律の碑」が設置。10年前に設置された「自律の像」とあわせ、「自律三林」と命名。
・2000年(平成12年)- 通信制課程が長崎県立鳴滝高等学校に移管・統合。
・2002年(平成14年)3月 - この時の入試をもって、長崎五校の総合選抜は廃止。最後の総合選抜試験となった。
・2003年(平成15年)
 ・3月 - 総合選抜の廃止に伴い、単独選抜を開始。一般入試での面接試験を開始。文系総合コースを文系コース(1学級)に、理系総合コースを理系コース(2学級)に改称。
・2004年(平成16年)3月 - 一般入試の2教科(数学・英語)で独自問題を作成し、実施。
・2005年(平成17年)- 文部科学省よりスーパーサイエンスハイスクール(SSH)に指定。
・2006年(平成18年)
 ・3月 - 一般入試2教科(数学・英語)における独自問題作成を廃止し、長崎県教育委員会が長崎県立高校入試の数学・英語の2教科に関して、難易度別にA問題・B問題を導入・実施。各高等学校の実情に合わせ、どちらを実施するかは各高校にゆだねられた。
・2008年(平成20年)11月 - 創立60周年記念式典を挙行。
・2010年(平成22年)4月 - スーパーサイエンスハイスクール(SSH)に再指定。文系コースを廃止。
・2011年(平成23年)6月 - 県内高校で唯一だった長崎西高の水球部が長崎工業高等学校の水球部創部に伴い、県高総体で初めて水球競技が開催され、出場。
・ 2012年(平成24年)1月25日 - 旧制長崎県立長崎中学校創立125周年記念および同窓会解散記念植樹を実施。
・2018年(平成30年)11月 - 創立70周年記念式典を挙行。
卒業生 旧制県立長崎中学校の出身者
旧制県立瓊浦中学校の出身者
各項目で50音順
○ 政治
・ 伊藤一長 - 前長崎市長
・ 田浦直 - 元参議院議員
・ 福田衣里子 -元衆議院議員
○ 官界
・ 古谷一之 - 内閣官房副長官補、元国税庁長官
・ 三谷浩 - 元建設事務次官
・ 平尾豊徳 - 元農林水産省経営局長、元農林漁業信用基金副理事長
○ 経済
・ 谷本秀夫 - 京セラ社長
・ 古川英俊 - SMBC信託銀行社長
・ 古森重隆 - 富士フイルム会長・元社長、富山化学工業会長、元NHK経営委員長
○ 教育・研究
・ 池端雪浦 - 東京外国語大学名誉教授・元学長
・ 高橋保 - 北海道大学触媒科学研究所教授
・ 山口祐弘 - 東京理科大学理学部教授
○ 芸術・文化・芸能
・ 麻生祐未 - 女優
・ 岡本一宣 - アートディレクター
・ 小田一生 - 映画監督
・ 岡崎律子 - シンガーソングライター
・ 柴田亜美 - 漫画家
・ 青来有一 - 芥川賞作家、長崎市職員
・ 高瀬千図 - 作家
・ 林田洋平(ザ・マミィ) - お笑い芸人
・ 東由多加 - 演出家
・ 峯のぼる - タレント
・ 山口和彦 - 映画監督
・ 長濱ねる - 元乃木坂46
○ 放送
・ 草野仁 - フリーアナウンサー(元NHKアナウンサー)司会者、タレント
・ 荒生暁子 - フリーアナウンサー
・ 大嶋真由子 - 長崎文化放送アナウンサー
・ 柿野賢治 - 鹿児島放送アナウンサー
・ 上枝一樹 - 鹿児島テレビアナウンサー
・ 岸竜之介 - 長崎放送アナウンサー
・ こはまもとこ - エフエム福岡アナウンサー
・ 坂田周大 - RKB毎日放送アナウンサー
・ 田崎日加理 - フリーアナウンサー(元九州朝日放送アナウンサー)
・ 外村倫子 - フリーアナウンサー(元長崎国際テレビ、NHK長崎放送局契約アナウンサー)
・ 東島衣里 - ニッポン放送アナウンサー
・ 平仙浩教 - テレビ長崎アナウンサー
・ 本田舞 - テレビ長崎アナウンサー
・ 村山仁志 - 長崎放送アナウンサー
○ スポーツ
・ 岩本洋 - 元バレーボール選手、元小田急ジュノー監督
・ 奥野俊一 - 元全日本バスケットボール男子チームコーチ
・ 川上聖子 - バスケットボール選手
・ 坂上洋子 - バルセロナオリンピック・柔道女子72キロ超級・銅メダリスト
・ 末結希 - 女子ラグビー選手
・ 田中大貴 - バスケットボール選手
・ 塚原千恵子 - 朝日生命体操クラブ女子監督

「長崎県立長崎西高等学校」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(https://ja.wikipedia.org/)。2020年7月4日11時(日本時間)現在での最新版を取得。


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