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※ メニュー先より、全国の高校・公立高校・私立高校の入試偏差値ランキング一覧が確認できます(全国区の難関校が上位に表示されます)。また、地図上のリンク先で都道府県ごとの高校、色分けされた左上のリンク先で地方限定による高校の偏差値ランキングを表示させる事ができます(地元の進学校や受験する高校の偏差値等が分かります)。

第一(英語)


偏差値61( 4つ星評価 )
5教科合計概算(250点満点)166.25点
※平均125点 標準偏差15として計算
偏差値順位全国 685位/7793校( 学科単位 )
九州・沖縄地方 65位/1200校( 学科単位 )
熊本県 7位/191校( 学科単位 )
公立/私立公立
男女共学
※記載の値はサイト独自に算出したデータであり、
ひとつの目安として参考程度にとどめてください。

【第一高等学校 (旧制)】
概要 旧制一高は、旧制高等学校の中でも早い時期に創設されたナンバースクールの先駆けであり、1886年(明治19年)に、日本の近代国家建設のため必要な人材の育成を目的として第一高等中学校として創設された。校名が第一高等学校に改称された1894年(明治27年)以降、一高の修学期間は3年となり、帝国大学の予科と位置付けられた。一部は法学・政治学・文学、二部は工学・理学・農学・薬学、三部は医学であった。また、1921年以降は、文科甲/乙/丙類、理科甲/乙類という分類となる。一高の卒業生の多くは東京帝国大学へ進学し、戦後、GHQの指導による学制改革に伴って1950年に廃止されるまで、全国から集まった優秀な学生と一流の教授陣により、一高は総計18,633人の卒業生を輩出し、政界、官界、財界、学界などあらゆる分野でエリートとして活躍する有為な人材を世に送り出した。一高の特色としては、1890年代から始まった、学生による自治制度と、皆寄宿制度(全寮制)が挙げられる。学校における学問の他に、寮室における先輩・後輩、文科生・理科生の別なく、議論を交わし、友情を深め、啓発・刺激し合った関係から、さらに有為な人格が形成されていった。一高では生徒訓育を目的に、倫理講堂正面に文人の代表として菅原道真の、武人の代表として坂上田村麻呂の肖像画が掲げられていた。一高の廃止後、その校舎や組織は、新制東京大学教養学部前期課程(2年間)に組み込まれた。このため、東京大学駒場キャンパスにおいては、現在でも旧制一高時代の校舎や「一高」と刻まれたマンホールの蓋を見ることができるほか、駒場キャンパスの正門には、ローマ神話の女神ミネルヴァの「文」を意味するオリーブ(橄欖)と軍神マルスの「武」を表す柏葉を象った文武両道を表した一高の校章がはめられている。
沿革 ・1874年(明治7年) - 官立東京外国語学校英語科が官立東京英語学校として独立
・1877年(明治10年) - 東京英語学校と官立東京開成学校普通科(予科)が合併し、東京大学予備門設立
 ・その後、以下の科を併合。東大医学部予科(1882年)、東京法学校予科と東京外国語学校仏学科・独学科(1885年)
・1886年(明治19年) - 帝国大学令・中学校令に伴う改正で、工科大学予科を併合
 ・第一高等中学校となる。また予科三年をおく(本科は二年)
・1887年(明治20年) - 医学部を千葉に設立(県立千葉医学校より変革)
 ・その後分離し、千葉医学専門学校、千葉医大を経て現在の千葉大医学部に
・1889年(明治22年) - 一ツ橋から本郷弥生町(本郷向ヶ岡)に移転(現在の東大農学部のある区域)
・1890年(明治23年) - 木下廣次校長が学生自治を認める(自治寮開設)
・1894年(明治27年) - 予科を廃止、本科三年とする。
 ・同年9月11日、高等学校令により第一高等学校に改称
・1897年(明治30年) - 学区制廃止、全国から受験可能となる
・1908年(明治41年) - 清国政府留学生受入のための特設予科設置
・1923年(大正12年) - 関東大震災により本館時計台破損、爆破
・1932年(昭和7年) - 特設予科廃止、特設高等科設置、文理各30名
・1935年(昭和10年) - 東京帝大農学部と用地を交換し、駒場に移転
・1949年(昭和24年) - 5月31日新制東大(1947年、東京帝国大学から東京大学に)の教養学部設置。6月30日東京大学第一高等学校になる。翌日新制東大、入学式。以後1950年3月の間、一高と東大教養学部が並存
・1950年(昭和25年) - 3月24日をもって一高終焉

「第一高等学校 (旧制)」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(https://ja.wikipedia.org/)。2020年5月27日9時(日本時間)現在での最新版を取得。


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