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弘前中央(人文)


偏差値58( 4つ星評価 )
5教科合計概算(250点満点)155点
※平均125点 標準偏差15として計算
偏差値順位全国 1090位/7791校( 学科単位 )
東北地方 68位/759校( 学科単位 )
青森県 16位/142校( 学科単位 )
公立/私立公立
男女共学
※記載の値はサイト独自に算出したデータであり、
ひとつの目安として参考程度にとどめてください。
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【青森県立弘前中央高等学校】
青森県立弘前中央高等学校(あおもりけんりつ ひろさきちゅうおうこうとうがっこう, Aomori Prefectural Hirosaki Chuo High School)は、青森県弘前市大字蔵主町に所在する公立の高等学校。
概要 ◇歴史 :1900年(明治33年)に「青森縣第一高等女學校」として創立した伝統校である。その後、数回の校名改称を経て、1950年(昭和25年)に現校名となる。1949年(昭和24年)に男子生徒を受け入れ男女共学を開始したが、前身が高等女学校ということもあって男子の入学生は少なく、ついに1957年(昭和32年)4月に男子生徒が卒業して実質女子校となった。時を経て38年後の1995年(平成7年)、人文科の新設を機に男女共学を再開し、1997年(平成9年)からは普通科も男女共学を開始。2020年(令和2年)に創立120周年を迎えた。
◇設置課程・学科 :
・全日制課程 普通科(学年制) :
 ・人文科は2013年(平成25年)3月に廃止。 :
・定時制課程 普通科(単位制) :
 ・2013年(平成25年)募集停止。経過措置を経て2016年(平成28年)3月31日に廃止。
◇校訓 :「自律・誠実・進取」
◇モットー :「文武両道」
◇教育目標 :自律の精神で自己の成長を図る生徒の育成 :誠実、謙虚が身についた品性ある生徒の育成 :進取の気象で高い目標に挑戦する生徒の育成
◇校章 :「高」の文字を図案化し、弘前城の異名「鷹揚城」にちなみ、鷹がはばたく姿を表したものを背景にして校名の「中央」の文字を縦に置いている。
◇校歌 :作詞は谷川俊太郎、作曲は中田喜直による。歌詞は2番まであり、最後に校名の「弘前中央高校」が登場する。
◇校地 :正門前は一方通行道路で、アクセスには注意が必要。学食はない。
◇同窓会 :弘前城の異名にちなみ、「鷹揚会」(おうようかい)と称している。
沿革 ◇旧制・高等女学校時代
・1900年(明治33年)7月31日 - 弘前市に「青森縣高等女學校」の設置が告示される。生徒定員を200名とする。
・1901年(明治34年)
 ・4月1日 - 「青森縣第一高等女學校」として現在地に開校。
 ・5月15日 - 「青森縣立第一高等女學校」と改称(縣の後に「立」が加えられる)。
 ・6月1日 - 開校式を挙行。以来この日を開校記念日とする。
・1909年(明治42年)4月1日 - 「青森縣立弘前高等女學校」と改称。
・1942年(昭和17年)
 ・3月8日 - 同窓会から記念館が寄贈される。
 ・4月1日 - 補習科を設置。
・1943年(昭和18年)4月 - 高等女学校令が廃止され、中等学校令が施行される。
・1944年(昭和19年)
 ・4月1日 - 青森県指定看護婦養成所、臨時青森県国民学校教員養成講習会を設置。
 ・この年 - 勤労動員が開始。
・1945年(昭和20年)
 ・4月1日 - 学校での授業が停止される。
 ・8月 - 終戦。
 ・9月 - 授業を再開。
・1947年(昭和22年)4月1日 - 学制改革(六・三制の実施)が行われる。
 ・高等女学校の募集を停止。
 ・新制中学校を併設し(名称:青森県立弘前高等女学校併設中学校、以下・併設中学校)、高等女学校1・2年修了者を新制中学2・3年生として収容。
 ・併設中学校は経過措置としてあくまで暫定的に設置されたため、新たに生徒募集は行われず、在校生が2・3年生のみの中学校であった。
 ・高等女学校3・4年修了者はそのまま在籍し、4・5年生となった。ただし、4年修了時点で卒業することもできた。
◇新制高等学校
・1948年(昭和23年)
 ・4月1日 - 学制改革(六・三・三制の実施)により、高等女学校は廃止され、新制高等学校「青森県立弘前女子高等学校」が発足。通常制普通課程を設置。
  ・高等女学校卒業者(5年修了者)を新制高校3年生、高等女学校4年修了者を新制高校2年生、併設中学校卒業者(3年修了者)を新制高校1年生として収容。
  ・併設中学校を継承し(名称:青森県立弘前女子高等学校併設中学校)、在校生が1946年(昭和21年)に高等女学校へ最後に入学した3年生のみとなる。
 ・5月1日 - 定時制を設置。
・1949年(昭和24年)
 ・3月31日 - 併設中学校を廃止(経過措置を修了)。
 ・4月1日 - 高校三原則に基づき、男子生徒の受け入れを開始。男女共学を開始。
・1950年(昭和25年)
 ・4月1日 - 「青森県立津軽高等学校」と改称。
 ・5月16日 - 「青森県立弘前中央高等学校」(現校名)と改称。
・1954年(昭和29年)
 ・3月12日 - 校地を拡張。
 ・9月17日 - 講堂が完成。
・1957年(昭和32年)4月 - 男子生徒が卒業し、男子の入学生がなかったため、実質的に女子校となる。
・1960年(昭和35年)10月1日 - 管理棟が完成。
・1961年(昭和36年)12月1日 - 図書館が完成。
・1962年(昭和37年)
 ・4月1日 - 通常制普通課程を全日制課程普通科に、定時制普通課程を定時制課程普通科に改称。
 ・6月6日 - 特別教室棟が完成。
・1963年(昭和38年)7月16日 - 体育館が完成。
・1966年(昭和41年)9月17日 - プールが完成。
・1973年(昭和48年)1月20日 - 第2体育館が完成。
・1974年(昭和49年)
 ・9月7日 - 新館が完成。
 ・10月5日 - 生徒会館が完成。
・1982年(昭和57年)10月5日 - 生徒会館付属館(運動部室)が完成。
・1987年(昭和62年)10月5日 - 情報処理室を設置。
・1989年(平成元年)10月2日 - 第1体育館と第2体育館を結ぶ連絡廊下が完成。
・1991年(平成3年)11月26日 - 運動場を整備。
・1995年(平成7年)4月1日 - 全日制課程に人文科を1学級新設し、38年ぶりに男女共学を再開。
・1997年(平成9年)4月1日 - 全日制課程の普通科でも男女共学を開始。
・2000年(平成12年)
 ・4月1日 - 創立100周年を記念して新校歌を制定。
 ・9月20日 - 弘中央会館(同窓会館)が完成。
 ・10月1日 - 創立100周年記念式典を挙行。
・2005年(平成17年)1月5日 - 第2運動場が完成。
・2010年(平成22年)
 ・3月31日 - 旧図書館・プールを解体。
 ・4月1日 - 人文科の募集を停止。
 ・12月20日 - 第二体育館の耐震補強工事が完成。
・2012年(平成24年)3月31日 - 講堂の耐震補強工事が完成。経過措置として人文科を廃止。
・2013年(平成25年)4月1日 - 定時制課程 普通科の募集を停止。
・2014年(平成26年)- 新校舎が完成。
・2016年(平成28年)3月31日 - 定時制課程 普通科を廃止。
・2017年(平成29年)4月 - 青森県立岩木高等学校を統合する。
部活動 運動部
・ テニス部
・ ソフトボール部
・ バレーボール部
・ バスケットボール部
・ ソフトテニス部
・ バドミントン部
・ 陸上部
・ 卓球部
・ 体操部
・ 弓道部
・ 水泳部
・ 剣道部
・ なぎなた部
・ 硬式野球部
・ サッカー部 文化部
・ 相馬錩一 - 弘前市長

「青森県立弘前中央高等学校」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(https://ja.wikipedia.org/)。2024年12月3日17時(日本時間)現在での最新版を取得。

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