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※ メニュー先より、全国の高校・公立高校・私立高校の入試偏差値ランキング一覧が確認できます(全国区の難関校が上位に表示されます)。また、地図上のリンク先で都道府県ごとの高校、色分けされた左上のリンク先で地方限定による高校の偏差値ランキングを表示させる事ができます(地元の進学校や受験する高校の偏差値等が分かります)。

豊中(普通)


偏差値66( 5つ星評価 )
5教科合計概算(250点満点)185点
※平均125点 標準偏差15として計算
偏差値順位全国 196位/7792校( 学科単位 )
近畿地方 59位/1347校( 学科単位 )
大阪府 24位/422校( 学科単位 )
公立/私立公立
男女共学
※記載の値はサイト独自に算出したデータであり、
ひとつの目安として参考程度にとどめてください。
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【大阪府立豊中高等学校】
大阪府立豊中高等学校(おおさかふりつ とよなか こうとうがっこう)は、大阪府豊中市にある公立の高等学校。前身は大正末期1921年に新設された府立14番目の中学校(修業5年間の旧制中学校〈男子校〉)。
概要 略称は「豊高」。大正期、中等教育機関の入学難を緩和させるため、大阪府が新設した旧制中学校5校のひとつ。1922年、大阪府立豊中中学校として開校した(文部省告示第447号1921年9月12日付で、設置と大正11年4月開校を認可)。 太平洋戦争後の学制改革に伴い1948年(昭和23年)に新制の大阪府立豊中高等学校に改編。近隣の大阪府立桜塚高等学校(旧制の大阪府立豊中高等女学校)などと生徒を交流(入れ替え)して男女共学となった。 1960年代、大学紛争(学生運動)に影響され「豊高紛争」が発生した。被差別部落差別をきっかけに生徒が校長を軟禁。警察隊が突入し生徒が逮捕された。 2020年(令和2年)生徒のほぼ全てが大学進学を志望しており、2011年(平成23年)度から大阪府教育委員会の進学指導特色校事業の対象校になり、従来の普通科に加えて文理学科を併置した(普通科は2018年度の入学者選抜〈入学試験〉より廃止)。

■ 30km離れた山奥に能勢分校
2016年11月18日の大阪府教育委員会会議で、府北部の山間部の大阪府立能勢高等学校が豊中高校の能勢分校に改編されることが決定(能勢キャンパス)。2018年度、大阪府で19年ぶりの分校として開校した 能勢高校は2004年に総合学科に改編されたが入試の生徒募集で10年間連続して定員割れとなっていた。このため、能勢町立へ改編(大阪府から能勢町への移管)を検討したが、町の財政負担が増えるのを避ける府の方針で、かつて同じ豊能郡だった豊中市にある豊中高校の分校に決まった なお、同じ豊中高校ながら分校(能勢)から本校(豊中)まで約30kmの距離で離れており、電車やバスを乗り継いでも約1時間40分は掛かり、生徒の交流も学校行事や夏休みの機会に限られる。このため、インターネット回線で本分校を結び、リアルタイムで映像と音声を流す「ネット教室」システムが導入されている。
沿革 大正期の旧制中学校増設の際、府立第十三中学校は大阪市内に建設される予定だったが、候補地が二転三転した。1921年(大正10年)ひとまず入学試験を東淀川区の府立北野中学校(現・大阪府立北野高等学校)で行い、授業も生野区の府立生野中学校(現・大阪府立生野高等学校)の校舎を間借りして行った。 その後、阪急宝塚本線の沿線開発によって発展期を迎えていた豊能郡豊中村から誘致があり、校地がようやく決定した。翌1922年年に校舎が完成、移転した(現在地)。 太平洋戦争後の学制改革の際、近隣の大阪府立桜塚高等学校(旧制の大阪府立豊中高等女学校)と生徒を交流(入れ替え)して男女共学となったが、アメリカなど占領軍GHQなどの新制の中学校を優先する方針で、校舎を転用するため廃校という話も持ち上がっていた。 平成末期2008年、豊中市在住の弁護士橋下徹が大阪府知事に就任。橋下知事の学力向上を目指す意向により、橋下知事の母校の大阪府立北野高等学校など旧9学区のトップ校9校が、2011年度から大阪府教育委員会の進学指導特色校事業の対象校となった。 この時、豊中高校もトップ校と同等の進学実績があるとして事業の対象校となり、文理学科の高校に改編された。

■ 部落差別、校長を軟禁、逮捕
1969年(昭和44年)6月9日、クラブ活動の新聞部が「豊陵新聞」167号に「まるで“特殊部落”の住人」という文章を掲載した。いわゆる被差別部落・同和地区住民への差別表現だったため、翌週16日、豊中高校反戦連合を名乗る生徒が「新聞部及び学校当局を糾弾する」ビラを配布。ビラを読んだ校長が新聞1550部を回収させ、全校生徒の前で謝罪。同和教育に対する見解を発表する騒ぎとなった。 。 後日、部落問題について大阪教育大学教授の盛田嘉徳による講演が行われたが、生徒が壇上を占拠し校長に自己批判を迫り、講演に同席の部落解放同盟支部員や支部員の生徒、関西部落研究会を名乗る生徒らが入り混じる暴力事件に発展。7月4日には部落研が校長室に押し入り、校長に誓約書を書くよう約束させたが、7月7日、部落差別を糾弾する自治会の生徒や、誓約書を求める部落研メンバーが校内に入る際、正門前でこぜり合いとなり教職員が負傷。校長の要請で豊中警察署の警察官10名が校内に入ったが、3年生がバリケードを築き約50名が座り込みを続けたため、警察官50名に増員し排除する事件に発展。生徒2名が逮捕された。 その後7月10日、部落解放同盟が講堂で、全教職員と生徒自治会、各クラス代表2名、「豊陵新聞」部員らと会合を持ったが、4時間にわたる糾弾集会に発展し「民主制を欠いた豊高教育の実態」を糾弾された。その結果、部落研が延期を求めた定期考査は7月15日に予定通り実施。試験の終了後、部落解放同盟のフィルム提供で、部落問題に関する映画『人間みな兄弟』を、生徒は講堂で鑑賞することとなった。なお、ピアス、髪の脱色などは禁止されていない。
授業 2・3年生時に英語で、3年時に数学で少人数授業を実施している。一時期、1時限45分間授業を導入していたが、2011年度より1時限50分間へ戻されている。 かつて体育の授業で、「豊高体操」と呼ばれる独自の体操を行っていた(現在、一般的なラジオ体操を行っている)。
諸活動 ■ 部活動・同好会
終戦直後1946年に、進駐軍の米国人中尉が来校してアメリカンフットボールを指導。大阪府立池田高等学校とともに(日本における)高校アメフト発祥の地とされている。
◇運動部
◇文化部
◇同好会
・ クイズ研究(TQS)
学校施設 校舎は、1969年(昭和44年)から改築された(1973年まで)。半世紀以上前の建設、旧耐震基準の既存不適格のままであり震度6強の揺れで倒壊の恐れがある。このため2007年(平成19年)度から改修を行った。 現在、同窓会「豊陵会」が使用している教室は、正門すぐそばの北側で、元々テニスコートだった場所に増築されたため、教室の上部がテニスコートになっている。 なお、太平洋戦争末期の1945年6月24日、米軍の機銃掃射で校舎に被害を受けている。
同窓会および学校関係者 ■ 関連団体

・ 大阪府立豊中高等学校同窓会豊陵会 - 同窓会。読み方は「ほうりょうかい」。

■ 著名な卒業生

◇政治
・ 木原敬介 - 堺市長(第18代。橋下徹大阪府知事が支援の竹山修身に敗れる)
・ 中野寛成 - 民進党の元衆議院議員。元国家公安委員長兼拉致問題担当大臣、元衆議院副議長
・ 原田憲 - 自民党の元衆議院議員。元運輸大臣、郵政大臣、経済企画庁長官
・ 藤村修 - 民主党の元衆議院議員、元内閣官房長官、外務副大臣
・ 山下栄一 - 公明党の元参議院議員、元環境副大臣
◇法曹
・ 三木秀夫 - 弁護士
◇経済
◇学術
◇芸能
◇スポーツ
・ 塚本浩二 - 元プロ野球東京ヤクルトスワローズ育成選手

「大阪府立豊中高等学校」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(https://ja.wikipedia.org/)。2021年3月7日18時(日本時間)現在での最新版を取得。

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