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大阪市立(理数)


偏差値61( 4つ星評価 )
5教科合計概算(250点満点)166.25点
※平均125点 標準偏差15として計算
偏差値順位全国 685位/7792校( 学科単位 )
近畿地方 178位/1347校( 学科単位 )
大阪府 65位/422校( 学科単位 )
公立/私立公立
男女共学
※記載の値はサイト独自に算出したデータであり、
ひとつの目安として参考程度にとどめてください。
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【大阪市立高等学校】
大阪市立高等学校(おおさかしりつ こうとうがっこう)は、大阪府にある公立高等学校。校名の通り学校の設置者は大阪市だが、歴史的経緯から、所在地は枚方市である。2022年(令和4年)大阪府に移管され、80年余り続いた『市立』も廃止される。
概要 固有名称(地名)の入らない校名「大阪市立高等学校」は、市の設置した最初の旧制中学校の「大阪市立中学校」として、第二次世界大戦下の1941年(昭和16年)に創立し、そのまま新制の高校に移行した経緯によるもので、事務上も大阪市の所属である。なお、同じ大阪市立の高校は他に20校あり、いずれも大阪市立大学の附属学校ではない。 当『市立』高校の校地は面積4万平方m2で、グラウンドも3つある広大な敷地である。最寄り駅は京阪電鉄光善寺駅で、小高く竹藪だった土地のため、開校時は開墾に生徒も加わった。1953年の入学生によると、グラウンド整備も長く続いたため「体育の(授業)時間はいつも、スコップで山の土を運んでいた」。3つのグランドを保有し、春には約100本のサクラが咲き乱れ、5月にはツツジが校庭を覆う。4年生大学への進学率は80%である。 大阪市は1976年、市教育委員会の諮問機関として市高等学校教育審議会を設置。第8次までの答申と前後して改革を進めたが、第1次答申で、大阪では旧制中学や高等女学校からの古さを持つ府立高への人気が高い、と指摘。市立高は「名門と称される伝統を有するものがない」上に「大学進学に不利な立場とされる職業科が3分の2を占め」「高校格差のしわ寄せを受け」ていると述べ、府立高との格差を挽回するため「特色ある普通科づくり」と専門学科の新設によるレベルアップを推奨した結果、1980年代後半以降、市立の高校では、普通科系の高校も専門学科を併設する動きが進んだ。 答申を受け、長らく普通科のみの設置だった『市立』も1993年(平成5年)度より英語科・理数科を併設した。英語科ではALT(外国語指導助手)を交えての英会話の授業や、「サマーセミナー」と称する英語合宿などで、英語力の向上を目指している。理数科では専門科目「理数」を学び、野外観察実習などもおこなわれている。 2019年段階で、枚方市内にある『市立』まで、大阪市内から通う生徒は約15%のみのため、市外の学校を大阪市が運営(税金で負担)する是非を巡り、府立への移管問題が校名の変更問題と同じく幾度も起きている(沿革の項を参照)。

■ 校名の変更問題
設置当初は大阪市立として唯一の旧制中学だったが、開校の翌1942年に大阪市立汎愛中学校(現・大阪市立汎愛高等学校)が設置され、固有名称を区別する必要が生じたなどとして、1946年に「大阪市立第一中学校」への改称案が出された。しかし番号に基づく校名は序列・格差を示すと受け取られて、ふさわしくないとする意見があがり、改称は実現しなかった。 1948年の学制改革により新制の高校に移行の際、再び名称変更の議論があり、実際に学校側は『大阪市立枚方高等学校』への変更の準備を進めていたが、大阪市から「枚方という地名は好ましくない」とクレームがあり、代案も見つからなかったため、結果的に「時間切れ」の形で、変更しなかった。その後も幾度も校名変更が議題に上がったが、略称の『市立』が定着して以降、議論は起こらなかった。 なお、『市立』の正式な読み方は「しりつ」だが、私立学校との混同を避ける通称「いちりつ」が定着しており、在校生・卒業生等の間でも「いちりつ」と呼ばれることが多く、通称を正式な読み方と誤認する受験生(中学3年生)もいる。 ただし、『市立』は2021年度で廃止。大阪府に移管され、2022年から府立高となるため、改名される見込み。なお、同じ枚方市内に、すでに「大阪府立枚方高等学校」が設置されている。『大阪市立高等学校同窓会会報(No.66)』では2020年(令和2年)4月1日付で、府立移管後の学校名を募集した。
沿革 ■ 略歴
1900年(明治33年)に大阪府知事・菊池侃二が『大阪府教育十カ年計画』を策定。以降、都心部(大阪市内)の中等教育について、府は旧制中学校・高等女学校(ともに修業5年制)の普通教育学校を設置し、市は商業学校など実業学校を設置する「棲み分け」が続いた。 中等教育への進学希望者は増加の一途をたどり、府は大正中期に旧制中学5校を新設したが、昭和10年代またも入学難状態となった。高女の新設で予算的に厳しい府は、人口増加の著しい豊能郡と中河内郡を優先して、府立第十六中学校(現・大阪府立池田高等学校)と府立第十七中学校(現・大阪府立布施高等学校)を設置する方針を決め、大阪市内での設置について市に協力を求めた。 結果、第二次世界大戦下の1941年(昭和16年)に大阪市立として初の旧制中学として『市立』が開校した。当初は7年制の高等学校(旧制)を構想し、まず中学を設置して、時期が来れば高等科を併設して尋常科4年・高等科3年からなる高校に改編することを検討していた。 高校への移行も見越して、市外への設置も視野に入れて開校した。最初は此花区酉島町の酉島工業学校内に仮校舎を設置。2年後の1943年に北河内郡から誘致を受け、枚方町(現・枚方市)大字中振1542番地(当時の住所表示)の現在地に移転した。 北河内郡では当時、四條畷町に大阪府立四條畷中学校(現・大阪府立四條畷高等学校)、豊野村に大阪府立寝屋川高等女学校(現・大阪府立寝屋川高等学校)が設置されたが、郡の中心の枚方町に公立の中等以上の教育機関が存在せず、枚方町は積極的に府立第十六中を誘致したが実現せず、次いで『市立』へ切り替えて誘致したためである。
◎ 学制改革
太平洋戦争の戦時措置の影響で、1944年に『市立』は4年制に短縮され、年度末の1945年3月末に第1期生が4年修了で卒業した。 戦後の1948年学制改革によりに新制の高校に移行。前述の改名騒動を経て『市立』は普通科の「大阪市立高等学校」として出発した。 この際、旧制高女だった大阪市立扇町高等学校と交流(生徒を入れ替え)、男女共学を実施。また扇町高校のほか、大阪市立南高等学校・大阪市立桜宮高等学校、大阪市立中之島高等学校、大阪市立下福島高等学校・大阪市立西華高等学校からも女子生徒を編入している。 扇町高校ほか計6校より女子43人(高校1年18人、併設中学校3年25人)が『市立』に転入。逆に『市立』の男子45人(高校1年24人、併設中学校3年21人)が扇町高校へ転出している。

■ 府立への移管問題
大阪市の外に位置し、大阪市民以外も通う『市立』を、「大阪市の費用で運営するのはおかしい」として、大阪府への移管問題が1978年に発生。大阪市教育委員会は9月30日、大阪府教育委員会に対して「大阪市立高等学校の大阪府への有償譲渡」を求める公文書を提出した。だが、結果的に市と府は折り合わなかった。 この府立移管に関連して、翌1979年入試で募集定員が2学級分減らされ、6学級となる問題が発生した。従来8学級の募集であり、公式には「1979年の大阪市立東高等学校移転に伴う東高校の受け入れ枠増加により、その分を大阪市立高等学校の募集減とする」と説明されていた。 しかし実際には『市立』では市内在住の生徒4学級分・市外在住の生徒4学級分として新入生を受け入れていたが、市内在住の生徒の定員を減らされた形になったことから「市外在住の生徒が大半を占めると大阪市立学校としての運営根拠を失う。すなわち学級減は府立移管へつながる」という背景があるとみられた。 生徒急増期を迎えて高校教育拡充の要求が高まっていた社会的背景や、学校関係者への事前の意見聴取なしに教育委員会の上層部が方針を決めたことへの反発などがあり、教職員や卒業生らを中心に府立移管計画を白紙撤回することを求める運動が起こった。また府立移管の足がかりになるとみられた募集定員減についても、学級数の復元を求める運動が行われた。結果、翌1980年に学級数の復元し、学級数の減少は1979年入学生のみにとどまった。その一方で学校側は将来の府立移管の動き再燃に備えての体制をとり続けていた。 1988年には大阪市教委から「府立移管問題は白紙撤回したと見なして差し支えない」という見解が出され、府立移管問題は、この時いったん終結している。

■ 年表
(この節の出典)
・1941年(昭和16年)3月12日 - 大阪市による初の旧制中学校「大阪市立中学校」設置を文部大臣より認可。4月1日、大阪市立中学校が開校(大阪市立酉島工業学校内の仮校舎)。5月1日、創立記念日を5月1日とする
・1943年(昭和18年)4月8日 - 現在地に木造平屋建4棟の校舎が竣工し、移転
・1948年(昭和23年)6月1日 - 学制改革により「大阪市立高等学校」と改称。全日制普通課程を置き、男女共学を実施
・ 1989年(平成元年)5月15日 - 新体育館完成
・ 1993年(平成5年)4月1日 - 第1学年に英語科(2学級)と理数科(1学級)を新設。
・1994年(平成6年)7月16日 - 特別教室棟(地学教室、CAL教室、情報処理室、演習室、第1LL、第2LL)およびセミナーハウス竣工
・1995年(平成7年)9月20日 - オーストラリアのマクラウド・テクニカルカレッジ(現ラトローブ・セカンダリー・カレッジ)と姉妹校提携
・2005年(平成17年)5月15日 - 同窓会記念館竣工
・2006年(平成18年)6月23日 - アメリカのウォルターペイトン・カレッジ・プレップ・ハイスクールと姉妹校提携
・2009年(平成21年)5月1日 - 龍谷大学と高大連携に関する包括協定を締結する
・2010年(平成22年)4月5日 - シンガポールのイーシュン・ジュニアカレッジと姉妹校提携
・2011年(平成23年)11月19日 - 創立70周年記念式典を挙行する
・2018年(平成30年)7月16日 - シドニー工科大学付属語学学校(インサーチ)での教育プログラム開始
・2019年(令和元年)7月15日 - マッコーリー大学付属英語学校(ELC)での教育プログラム開始
・2020年(令和2年)2月10日 - サンクトペテルブルグ(ロシア)の第583番学校と姉妹校提携
部活動 運動部 文化部 同好会
・ 競技かるた同好会
・ 科学同好会
・ 軽音楽部
著名な出身者 ・ 赤井三尋 - 小説家
・ 桂小春団治 - 落語家
・ 北野誠 - タレント
・ タージン - タレント
・ 谷均史 - 医師・タレント:テレビ番組探偵ナイトスクープの医学担当
・ 中須岳士 - 映画照明技師
・ 野坂昭如 - 小説家(旧制中学校時代に在学)
・ 松谷竜二郎 - 元プロ野球選手・実業家
姉妹校 - ラトローブ・セカンダリー・カレッジ - ウォルターペイトン・カレッジ・プレップ・ハイスクール - イーシュン・ジュニアカレッジ - サンクトペテルブルグ第583番学校
交通 ・ 京阪本線「光善寺駅」より徒歩約5分(途中急勾配の坂(「市立坂」とも呼ばれる)があり)
・ 京阪バスい号経路「光善寺駅」停留所より徒歩約5分

「大阪市立高等学校」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(https://ja.wikipedia.org/)。2020年8月11日0時(日本時間)現在での最新版を取得。

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