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畝傍(普通)


偏差値65( 4つ星評価 )
5教科合計概算(250点満点)181.25点
※平均125点 標準偏差15として計算
偏差値順位全国 262位/7792校( 学科単位 )
近畿地方 75位/1347校( 学科単位 )
奈良県 6位/100校( 学科単位 )
公立/私立公立
男女共学
※記載の値はサイト独自に算出したデータであり、
ひとつの目安として参考程度にとどめてください。
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【奈良県立畝傍高等学校】
奈良県立畝傍高等学校(ならけんりつ うねびこうとうがっこう、英語:Nara Prefectural Unebi Senior High School)は、奈良県橿原市八木町に所在する公立高等学校。通称「畝高(うねこう)」。
設置課程・学科 ・ 全日制・定時制とも一般選抜のみ。
 ・ 全日制課程 普通科
  ・ 募集人員は、2018年(平成30年)までは1学年あたり10学級約400人であったが、2019年(令和元年)からは1学年あたり9学級約360人(合計約1,160名)に減少している。。
  ・ 45分×7時限授業の時間割となっている。年3学期制。
 ・ 定時制課程 普通科
  ・ 夜間。4年制。2015年(平成27年)度の生徒数は4学年合計で57名。1899年(明治32年)に独立して奈良県畝傍中学校となる(読み:しせい・しぜん・けんにん・りょっこう)旧制中学時代の1906年(明治39年)に制定された。
・ 校章
 ・ 左右に羽を広げる金鵄と樫の葉をモチーフに図案化したもので、作曲は平井康三郎による。
沿革 ■ 旧制中学校時代

・ 1896年(明治29年)
 ・ 3月13日 - 「奈良県尋常中学校畝傍分校」が設置される。仮校舎を高市郡八木町大字小房に置く。
 ・ 4月13日 - 八木町晩成尋常小学校(現・橿原市立晩成小学校)の校舎一部を借用して開校。
・ 1897年(明治30年)5月5日 - 新校舎が完成。
・ 1899年(明治32年)4月1日 - 奈良県尋常中学校から分離し、「奈良県畝傍中学校」と改称。奈良県尋常中学校は奈良県郡山中学校に改称。初代校長に永井道明が就任。
・ 1901年(明治34年)6月21日 - 「奈良県立畝傍中学校」と改称(県の後に「立」を置く)。
・ 1933年(昭和8年)10月25日 - 現在地に本館校舎が完成し、移転を完了。
・ 1941年(昭和16年)8月 - 第27回全国中等学校優勝野球大会(夏の甲子園大会の前身)に出場予定であったが、日華事変激化で大会は中止。幻の大会となる。
・ 1943年(昭和18年)4月1日 - 中等学校令の施行により、この時の入学生から修業年限が4年となる。
・ 1944年(昭和19年)- 勤労動員が開始。
・ 1945年(昭和20年)
 ・ 3月 - 教育ニ関スル戦時非常措置方策により、修業年限4年施行の前倒しが決定し、4年生と5年生の合同卒業式を挙行。
  ・ 中等学校令施行以前の入学生(1941年(昭和16年)入学生と1942年(昭和17年)入学生)にも修業年限4年(従来の5年制から1年短縮)が適用された。
 ・ 4月1日 - 本館校舎を海軍経理学校へ提供し、中学校は晩成国民学校(現・橿原市立晩成小学校)の校舎を借用して設置する。
  ・ 学校での授業が停止される。ただし勤労動員等は継続される。
 ・ 8月15日 - 終戦。
 ・ 9月1日 - 終戦および海軍経理学校の解散により、本校舎に戻って授業を再開。
・ 1946年(昭和21年)4月1日 - 修業年限が5年に戻される(4年修了時点で卒業することもできた)。
・ 1947年(昭和22年)4月1日 - 学制改革(六・三制の実施)が行われる。
 ・ 旧制中学校の募集を停止する。
 ・ 新制中学校を併設し(以下・併設中学校)、旧制中学校1・2年修了者を併設中学校2・3年生として収容。
 ・ 併設中学校は経過措置としてあくまで暫定的に設置されたため、在校生が2・3年生のみの中学校であった。
 ・ 旧制中学校3・4年修了者は旧制中学校にそのまま在籍し、4・5年生となった。

■ 新制高等学校時代

・ 1948年(昭和23年)
 ・ 4月1日 - 学制改革(六・三・三制の実施)により、旧制中学校が廃止され、新制高等学校「奈良県立畝傍高等学校」(男子校)が発足。
  ・ 旧制中学校卒業生(5年修了者)を新制高校3年生、旧制中学校4年修了者を新制高校2年生、併設中学校卒業生(3年修了者)を新制高校1年生として収容。
  ・ 併設中学校は新制高校に継承され(名称: 奈良県立畝傍高等学校併設中学校)、1946年(昭和21年)に旧制中学校へ最後に入学した3年生のみとなる。
  ・ 施設・校地はすべて旧制中学校から継承される。
 ・ 9月1日 - 高校三原則に基づく公立高校再編により、総合制の「奈良県立畝傍高等学校」(男女共学)が発足。
・ 1949年(昭和24年)
 ・ 1月20日 - 定時制を設置。
 ・ 3月31日 - 併設中学校を廃止。
・ 1951年(昭和26年)11月 - 昭和天皇が来校(校庭が高市郡奉迎場となったため)。
・ 1954年(昭和29年)11月3日 - 校歌を制定。
・ 1955年(昭和30年)3月31日 - 図書館が完成。
・ 1958年(昭和33年)11月19日 - 講堂を増築。
・ 1960年(昭和35年)5月17日 - プールが完成。
・ 1967年(昭和42年)1月20日 - 新体育館が完成。
・ 1969年(昭和44年)12月31日 - 鉄筋コンクリート造4階ての建特別教室新館が完成。
・ 1976年(昭和51年)11月3日 - 創立80周年を記念して金鵄会館(同窓会館)が完成。
・ 1986年(昭和61年)11月3日 - 創立90周年を記念して新南館、史料館、図書室が完成。
・ 1989年(平成元年)8月21日 - 格技場、体育研究室、更衣室、部室新築工事、ハンドボールコート、テニスコートを新設。
・ 1990年(平成2年)8月31日 - 校舎の大規模改修工事が完了。
・ 1996年(平成8年)
 ・ 9月24日 - 文化創造館が完成。
 ・ 10月31日 - 第二史料館が完成。
 ・ 11月2日 - 創立100周年記念式典を挙行。
・ 2004年(平成16年)4月1日 - 奈良県立耳成高等学校を統合(耳成の読みは「みみなし」)。
・ 2005年(平成17年)12月16日 - 新校章を制定。
・ 2007年(平成19年)3月 - 野球部が第79回選抜高等学校野球大会21世紀枠近畿地区代表に選出される。
・ 2008年(平成20年)4月1日 - 奈良県立高田高等学校の定時制課程を統合。
・ 2012年(平成24年)4月20日 - 校舎本館の北館・南館・渡廊下と倉庫(旧動力室)が国の登録有形文化財に登録される。
・ 2014年(平成26年)3月28日 - 文部科学省より、2014年度(平成26年度)のスーパーグローバルハイスクール(SGH)に指定される。

■ 旧・奈良県立耳成高等学校

・ 1983年(昭和58年)4月1日 - 橿原市常盤町に「奈良県立耳成高等学校」が開校。全日制課程普通科を設置。
 ・ 校訓「敬愛、力行、創造」
 ・ 校章は樫の6枚葉を背景に「高」の文字。
 ・ 校歌の作詞は栢木喜一、作曲は中嶋英俊による。歌詞は3番まであり、各番に校名の「耳成高校」が登場する。
・ 1995年(平成7年)12月 - 第74回全国高等学校サッカー選手権大会に奈良県代表として出場(初)。
・ 2000年(平成12年)12月 - 第79回全国高等学校サッカー選手権大会に奈良県代表として出場(2度目)。
・ 2004年(平成16年)4月1日 - 奈良県立畝傍高等学校への統合のため、生徒募集を停止。ただし経過措置として在校生が卒業するまで学校は存続。
・ 2006年(平成18年)4月1日 - 閉校。
校地の変遷 ・ 旧校地
 ・ 1933年(昭和8年)以前の旧・所在地は、元スーパー・ヤマトー八木店(旧ニチイ八木店(閉店))およびその東向かいに相当。
・ 現校地
 ・ 現在の所在地は、藤原京旧跡上に立地している(藤原京の規模については諸説があるが、近年の考古学的発掘により、その規模の大きさが証明されつつある)。三条大路(「横大路」)西二坊大路(「下ツ道」)東入ルにほぼ相当する。なお、この両大路の交差点は「札の辻」と呼ばれるが、近畿風景街道協議会(国土交通省内)により「日本文化のクロスロード」として「日本風景街道」の近畿第1号に選出されている。
・ 旧・耳成高校の校地跡
 ・ 2009年(平成21年)まで全国高等学校総合体育大会の開催準備及び大会運営本部関連施設として活用された。2013年(平成25年)奈良県農業協同組合による農産物直売所を中核とした複合施設「JAならけんファーマーズマーケット まほろばキッチン」となった。中南和地域の奈良県庁出先機関の再配置計画により、元校舎は改修されて奈良県橿原総合庁舎となり、2015年(平成27年)1月より業務を開始した。また屋上には庭園が設置され、2015年(平成27年)3月より一般開放された。
校舎 現校舎(本館―北館と南館から成る)は旧制中学時代より使用されているもので、1933年(昭和8年)に完成。建築にあたっては、建国神話の土地柄にふさわしい校舎にするため、当時の奈良県は建築費として破格の予算を計上した。寺師通尚と岩﨑平太郎(当時・奈良県土木課営繕係建築技手、のちに奈良県下初の民間建築設計事務所を開設)の設計で、帝冠様式を思わせる仏教様式が引用的に採用されている。日本建築学会より美的建築物として「日本近代建築二千」に選出されており、2012年(平成24年)4月20日に校舎本館の北館・南館・渡廊下と倉庫(旧動力室)が国の登録有形文化財に登録された。校舎・教室・設備はすべて全日制・定時制が共用している。定時制専用校舎・教室はない。
・ 校長室
 ・ かつて「御真影」と「教育勅語」謄本を保管していた金庫(「奉安庫」)が現存する。また貴賓室(現在は小会議室)も設けられた。
・ 史料館
 ・ 古代日本・朝鮮に関する考古学資料を保管。後に東京帝室博物館(現東京国立博物館)の監査官に就任した高橋健自教頭ら、旧制中学時代の教員・学校関係者が収集したものが主で、2007年(平成19年)2-3月、奈良県立橿原考古学研究所附属博物館で、新羅の瓦塼を中心とする特別陳列が実施された。
・ 文化創造館
 ・ 1996年(平成8年)に完成。地上3階建て。空調設備完備。可動式座席(462席)を備え、学校行事に限らず広く一般に開放される。
学校行事 ■ 全日制課程
3学期制。 (出典:)
・ 文化部
 ・ 化学部
 ・ 物理部
 ・ 生物・園芸部
 ・ 歴史部
 ・ 食物部
 ・ 茶道部
 ・ 華道部
 ・ 文芸部
 ・ 音楽部
 ・ 書道部
 ・ 美術部
 ・ 演劇部
 ・ 写真部
 ・ ESS(English Speaking Society)
 ・ 吹奏楽部
 ・ 解放研
 ・ 新聞部
 ・ アニメーション研究部
 ・ フォークソング部
 ・ 小倉百人一首かるた部
 ・ ボランティア研究部
 ・ 囲碁・将棋部
・ 体育部
 ・ 陸上競技部
 ・ 水泳部
 ・ 登山部
 ・ 卓球部
 ・ ソフトテニス部
 ・ バレーボール部
 ・ バスケットボール部
 ・ ハンドボール部
 ・ サッカー部
 ・ ラグビー部
 ・ 柔道部
 ・ 剣道部
 ・ 弓道部
 ・ 野球部

■ 定時制課程

・ 文化部
 ・ ハートフル部 - ボランティア
 ・ パソコン部
・ 体育部
 ・ バドミントン部
 ・ 野球部
 ・ 陸上部
エピソード ■ 戦時中の海軍経理学校への校舎貸与

・ 第二次世界大戦末期の数ヶ月間、校舎が海軍経理学校に貸与され、橿原分校が設けられた。その間、授業は晩成小学校校舎を借りて続けられた。当時校舎の塔屋には十六弁の菊花紋章が掛けられ、屋上には電波探知機、高射機関砲、防空監視施設が設置されていた。校庭外周フェンス等に、戦時中の金属供出による爪跡が残る。校舎正面の校章の左上に米空軍の機関銃があたり、セメントで埋められた跡(と伝えられる)が数か所ある。

■ 戦時中の旧制中学校

・ 第二次世界大戦末期、1945年(昭和20年)の時点でも他の多くの学校とは異なり、勝利のためには敵の言語を知ることが不可欠と考えられていたため、「敵国語」とみなされていた英語の授業が週に12時間、行われていた。
・ 旧制中学校時代、教員の質が非常に高かったこともあり、多くの教員が戦後の学制改革時に大学教員として引き抜かれた。
舞台となった作品 ・ NHK連続テレビ小説「ふたりっ子」(1996年(平成8年)~1997年(平成9年)。主人公野田麗子(演:菊池麻衣子)が通った「大阪府立紹鴎高校」。
・ 映画「朱花の月」(2011年(平成23年))- 監督 : 河瀬直美
・ 映画「少年H」(2013年(平成25年))- 監督 : 降旗康男
著名な出身者 ■ 文学・思想・芸術・宗教

・ 阿波野青畝 - 俳人、『ホトトギス』の中心的同人、校内の金鵄会館(同窓会館)中庭に句碑あり―「狐火やまことかほにも一くさり」
・ 保田與重郎 - 文芸評論家、日本浪曼派、戦後保守論壇の中心人物
・ 五代ゆう - 小説家、ファンタジア長編小説大賞受賞者

■ 社会活動

・ 西光万吉 - 部落解放・社会運動家、全国水平社創立者の一人、「水平社宣言」執筆者(中退後、平安中学へ編入学)
・ 前川喜作 - 実業家、和敬塾創設者
・ 島中雄三 - 文筆家、社会主義運動家、安部磯雄らとともに日本フェビアン協会結成、さらに社会民衆党創設、東京市会議員、嶋中雄作の兄
・ 嶋中雄作 - 中央公論社社長、『婦人公論』創刊。反軍的な自由主義を貫き、1944年言論弾圧事件である横浜事件に連座
・ 山下力 - 部落解放運動家、『被差別部落のわが半生』著者

■ 政治

・ 新谷寅三郎 - 自民党参議院議員、郵政大臣、運輸大臣、自民党両院議員総会長
・ 奥野誠亮 - 自民党元衆議院議員、文部大臣、法務大臣
・ 吉田之久 - 民社党(のち新進党)衆議院議員・参議院議員、国会対策委員長
・ 高市早苗 - 自民党衆議院議員、内閣府特命担当大臣、総務大臣
・ 大西孝典 - 民主党元衆議院議員
・ 阿古和彦 - 葛城市長
・ 堀内大造 - 大和高田市長

■ 経済

・ 奥村太加典 - 奥村組社長、全国建築業協会会長、大阪建設業協会会長
・ 阪本道隆 - 南都銀行頭取、奈良商工会議所会頭、金鵄会会長、大阪税関名誉署長
・ 西川善文 - 日本郵政初代社長、日本郵政公社第二代総裁、三井住友フィナンシャルグループ社長、三井住友銀行特別顧問、全国銀行協会会長、『ザ・ラストバンカー』著者
・ 辻本憲三 - カプコン会長兼最高経営責任者(CEO)、コンピュータソフトウェア著作権協会理事長、コンピュータエンターテインメント協会会長
・ 脇田珠樹 - ニッセンホールディングス社長、シャディ会長、イトーヨーカ堂取締役、Francfranc取締役
・ 西井孝明 - 味の素社長

■ 学術・教育

・ 森本六爾 - 考古学者、唐古・鍵遺跡発掘、東京考古学会主宰者、松本清張作『断碑』のモデル
・ 樋口清之 - 考古学者、民俗学者、國學院大學名誉教授
・ 網干善教 - 考古学者、関西大学名誉教授、高松塚古墳の発掘調査を指揮
・ 田村圓澄 - 日本古代仏教史、九州大学名誉教授、『日本仏教史』、『古代日本の国家と仏教』著者、仏教伝道協会仏教伝道文化賞受賞
・ 山内得立 - 哲学者、京都大学名誉教授、京都学芸大学(現京都教育大学)学長、『意味の形而上学』、『ロゴスとレンマ』、『随眠の哲学』著者、京都市名誉市民
・ 大峯顕 - 哲学者、俳人(毎日俳壇選者)、浄土真宗教学研究(浄土真宗本願寺派)、大阪大学名誉教授
・ 森一郎 - 英語学、『試験にでる英単語』著者、東京都立日比谷高等学校教諭、関西学院大学教授
・ 畑中正一 - ウイルス学、京都大学名誉教授、塩野義製薬相談役、『現代ウイルス事情』著者、『iPS細胞ができた!』著者(共著者は山中伸弥)
・ 脇田宗孝 - 工芸・文化財教育、奈良教育大学名誉教授、陶芸作家、『世界やきもの紀行』著者

■ 官僚・軍人

・ 吉川元偉 - 外交官、国連大使、国際基督教大学特別招聘教授
・ 淵田美津雄 - 日本海軍の軍人、空母・赤城飛行隊長として真珠湾攻撃現場指揮者、「トラトラトラ」を打電。戦後キリスト教に入信

■ 芸能・スポーツ

・ 麿赤児 - 俳優、舞踏家、演出家
・ 松村又一 - 作詞家、代表作に「お月さん今晩わ」(こまどり姉妹)、「想い出のブルース」(淡谷のり子)等
・ 新口絢子 - フリーアナウンサー
・ 戸田与三郎 - プロ野球選手(南海)
・ 梅本由紀 - 女子プロ野球選手・京都アストドリームス(旧・耳成高校時に入学)
交通アクセス ・ 近畿日本鉄道(近鉄)
 ・ 「大和八木駅」(橿原線・大阪線)
 ・ 「八木西口駅」(橿原線)
・ 西日本旅客鉄道(JR西日本) 桜井線 「畝傍駅」

「奈良県立畝傍高等学校」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(https://ja.wikipedia.org/)。2020年8月12日3時(日本時間)現在での最新版を取得。

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