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米子工業(全科)
偏差値 | 52( 3つ星評価 ) |
5教科合計概算(250点満点) | 132.5点 ※平均125点 標準偏差15として計算 |
偏差値順位 | 全国 2129位/7791校( 学科単位 ) 中国・四国地方 234位/892校( 学科単位 ) 鳥取県 17位/52校( 学科単位 ) |
公立/私立 | 公立 |
男女 | 共学 |
※記載の値はサイト独自に算出したデータであり、
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【学校掲示板】
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【鳥取県立米子工業高等学校】 | |
鳥取県立米子工業高等学校(とっとりけんりつ よなごこうぎょうこうとうがっこう,)は、鳥取県米子市に所在する県立の工業高等学校である。略称「べーこー」。 | |
概要 |
◇歴史
:1923年(大正12年)に開校した「鳥取県立工業学校」(実業学校)を前身とする。2013年(平成25年)に創立90周年を迎えた。
◇設置課程・学科 :全日制課程 5学科(各科定員 38名) : ・ 機械科 : ・ 電気科 : ・ 情報電子科 : ・ 環境エネルギー科 : ・ 建設科 建築コース 土木コース ◇校章 ◇校歌 :歌詞は3番まであり、各番に校名の「米子工業高校」が登場する。 ◇ 制服 :2003年(平成15年)より、男女とも、グレーのブレザーにネクタイ、チェック柄の標準ズボン(男子)、プリーツスカート(女子)となっている。改定前は、男子は標準学生服(いわゆる学ラン)、女子は、黒に近い紺地に白線三本、紺のネクタイのセーラー服であった。男子は制服の襟の部分、女子はポケット部分に、校章及び科のマークのバッジを付けていた。 ◇ 同窓会 : 「鳥取米工卍会」と称されている。東京、関西、東海、県内各地に支部を持つ。また「華の会」と称される出身女子の会も存在する。校内に同窓会館(米工会館)があり、1階は食堂・購買、2階には和室二部屋があり、部活動の合宿や、茶道部の部活動に使用されている。 |
沿革 |
◇設立にいたる経緯
・1919年(大正8年)12月13日 - 通常鳥取県会に「県立工業学校設置に関する件」が意見書として提出され、議案となる。 ・1920年(大正9年)12月18日 -「米子町に県立工業学校設置に関する件」が意見書として提出され、議案となる。 ・1921年(大正10年) ・3月 - 鳥取県会より内務大臣・鳥取県知事宛に意見書が提出される。 ・この年度 - 次年度(大正11年度)県費予算に、設立の経費が計上される。 ・1922年(大正11年) ・6月 - 「鳥取県立工業学校」が設立が認可される。 ・10月 - 初代校長に竹下俊夫が着任。 ・11月 - 書記に足立重孝が採用される。 ・12月 - 鳥取県立米子高等女学校(鳥取県立米子西高等学校の前身)の玄関右側の看護室を借用し、県立工業学校の開校事務を開始。 ◇工業学校時代 ・1923年(大正12年) ・3月 - 本館が完成。 ・4月1日 - 「鳥取県立工業学校」が博労町四丁目220番地(現在地)に開校。機械電気科・応用化学科の2学科を設置。 ・機械電気科50名・応用化学科30名の入学が許可される。 ・5月25日 - 開校式を挙行し、以後この日を開校記念日と制定。 ・1934年(昭和9年)6月30日 - 「鳥取県立米子工業学校」と改称。 ・1938年(昭和13年)3月31日 - 第二本科・機械科の設置が認可される。 ・1939年(昭和14年)4月14日 - 電気科の設置が認可される。 ・1940年(昭和15年)1月25日 - 電気機械科を機械科に改編。 ・1943年(昭和18年)4月20日 - 鳥取県立米子機械工養成所を併設。 ・1946年(昭和21年)3月1日 - 第二本科、鳥取県立米子機械工養成所を廃止。 ・1947年(昭和22年)4月1日 - 学制改革(六・三制の実施、新制中学校の発足) ・工業学校の募集を停止(1年生不在)。 ・新制中学校を併設し(名称:鳥取県立米子工業学校併設中学校、以下・併設中学校)、工業学校1・2年修了者を新制中学校2・3年生として収容。 ・併設中学校はあくまで経過措置として暫定的に設置されたため、在校生が2・3年生のみ(1年生不在)の中学校であった。 ・工業学校3・4年生はそのまま工業学校に在籍し、その4・5年生となる(4年修了時点で卒業することもできた)。 ◇新制工業高等学校 ・1948年(昭和23年)4月1日 - 学制改革(六・三・三制の実施、新制高等学校の発足) ・工業学校が廃止され、新制高等学校「鳥取県立米子工業高等学校」が発足。全日制課程 工業科を設置。 ・工業学校卒業生(5年修了者)を新制高校3年生、工業学校4年修了者を新制高校2年生、併設中学校(3年修了者)を新制高校1年生として収容。 ・併設中学校は新制高校に継承され(名称:鳥取県立米子工業高等学校併設中学校)、在校生は1946年(昭和21年)に工業学校へ最後に入学した3年生のみとなる。 ・1949年(昭和24年) ・3月31日 - 併設中学校を廃止(旧制4・5年から新制3年への修業年限の移行が完了)。 ・4月1日 - 高校三原則に基づく鳥取県内公立高等学校の再編が行われ、総合制高等学校「鳥取県立米子西高等学校」の工業科となる。 ・島根県立米子第一高等学校(旧制中学校を前身とする男子校)・島根県立第二高等学校(高等女学校を前身とする女子校)の2校と統合された。 ・土木科を設置。 ・1952年(昭和27年)4月1日 - 「電波通信科」を設置。 ・1953年(昭和28年)4月1日 - 鳥取県立米子西高等学校より工業に関する学科が分離し、「鳥取県立米子工業高等学校」として独立(総合制を解消し再設置)。 ・1963年(昭和38年)4月1日 - 新設の鳥取県立境港工業高等学校が校舎完成までの間、併設される。 ・1964年(昭和39年)2月20日 - 鳥取県立境港工業高等学校の新校舎が完成し、併設を解消。 ・1973年(昭和48年)9月4日 - 鉄筋コンクリート造4階建ての新校舎が完成。 ・1976年(昭和51年)4月1日 - 電波通信科を「電子科」に改編。 ・1984年(昭和59年) ・3月20日 - 水球プールが完成。 ・4月29日 - 野球場が完成。 ・1990年(平成2年)4月1日 - 機械科のうちの1学級を「電子機械科」に改編。 ・1991年(平成3年)4月1日 - 工業化学科を「材料科学科」に、電子科を「情報電子科」に改編。 ・1992年(平成4年)4月1日 - 機械科を廃止。 ・2003年(平成15年)4月1日 - 学科の改編を実施。 ・制御系3学科(メカトロニクス科・パワーエレクトロニクス科・コンピュータテクノロジー科)と環境系2学科(環境テクノロジー科・環境デザイン科)の5学科。 ・2006年(平成18年)4月1日 - 学科の改編を実施。 ・機械科・電気科・情報電子科・環境エネルギー科・建設科の5学科。 ・上記のうち建築科は旧・鳥取県立境港工業高等学校より移管される。 ・2011年(平成23年)2月 - 新校舎が完成し、移転を完了。 |
学校行事 |
◇学校祭
:「米工祭」と呼ばれている。文化の部が2日間、体育の部が1日間、計3日間にわたり9月下旬から10月上旬に開催される。各クラスがユニフォームを制作する。かつてはクラスごとに張り子を制作するのが伝統であったが、2000年代に入り学校の造改築が進むと校地が狭くなり(グランド部分に校舎が建てられ、老朽化した校舎部分の一部を取り壊してグランドにするため)、張り子は制作されなくなった。
: なお、体育祭では、33人リレー(仮称。人数は毎年変わる。その年度に一番生徒数の少ないクラスに合わせる。)が行われ、学年ごとのクラス(学科)対抗で、一人100mの、クラスのほぼ全員参加のリレーとなる。なお、女子生徒には15mのハンデが与えられる(女子は85m、クラスの最初に走る。女子が複数人出場する場合、そのクラスの始めに女子が続けて走る。)
◇球技大会 : 毎年秋に行われる。競技は固定しておらず、毎年、生徒会にて決定する。 ◇強歩大会 : 毎年秋に行われていたが、1990年代末頃より行われなくなった。 ◇応援練習 : 新入生に対して4月中の1週間、生徒会(應援團)による応援練習が行われていた。指導される曲目は、校歌、応援歌2曲である。この応援練習を乗り越えて真の米工生になったと言われる。以前は、竹刀・木刀等が使用されていたが、應援團による応援練習の在り方が問題視されるようになったため、1990年代末頃より、木刀・竹刀等は使用されなくなり、2000年代に入り、応援練習そのものが行われなくなった。 |
部活動 |
◇運動部
・陸上部 ・卓球部 ・スキー部 ・ラグビー部 ・バレーボール部 ・硬式野球部 ・サッカー部 ・テニス部 ・バスケットボール部 ・軟式野球部 ・ボート部 ・ウエイトリフティング部 ・ソフトテニス部 ・剣道部 ・山岳部 ・バドミントン部 ・柔道部 ・弓道部 ・水泳同好会 ◇文化部 ・映画研究部 ・演劇部 ・社会問題研究部 ・茶華道部 ・吹奏楽部 ・JRC部 ・文芸部 ・美術部 ・将棋部 ・科学研究同好会 ・PCP(コンピュータ)同好会 ・MIC(マイコンカー)同好会 ・ものづくり同好会 |
著名な出身者 |
◇卒業生
・ 大塚祐司(野球選手。元阪急)昭和33年工業化学科卒業(34C) ・ 金本秀夫(野球選手。阪急-元阪神)昭和37年機械科卒業(37M) ・ 門脇康一(ギタリスト)昭和41年工業化学科卒業(41C) ・ 松原良明(野球選手。元近鉄)昭和42年工業化学科卒業(41C) ・ 関守(大阪府議会議員)昭和42年機械科卒業(42M) ・ 宮川大助(漫才師)昭和44年電波通信科卒業(44W) ・ 本池秀夫(人形作家)昭和45年工業化学科卒業(45C) ・ 角盈男(野球解説者・タレント。巨人-日本ハム-元ヤクルト)昭和50年電気科卒業(50E) ・ 新上博巳(アクション俳優)昭和63年機械科卒業(63M) ・ 木下桂(元サッカー選手、サッカー指導者。 川崎製鉄/ヴィッセル神戸-(アメリカ合衆国)-SC鳥取(現・ガイナーレ鳥取)平成2年機械科卒業(H2M) ・ 森山一保(漫画家) ◇指導者 ・ 大橋棣 元野球部コーチ。元阪神 ・ 木下勇 元野球部監督。元阪神 |
「鳥取県立米子工業高等学校」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(https://ja.wikipedia.org/)。2024年10月10日0時(日本時間)現在での最新版を取得。