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出雲工業(全科)
偏差値 | 43( 2つ星評価 ) |
5教科合計概算(250点満点) | 98.75点 ※平均125点 標準偏差15として計算 |
偏差値順位 | 全国 4513位/7791校( 学科単位 ) 中国・四国地方 499位/892校( 学科単位 ) 島根県 39位/78校( 学科単位 ) |
公立/私立 | 公立 |
男女 | 共学 |
※記載の値はサイト独自に算出したデータであり、
ひとつの目安として参考程度にとどめてください。
【学校掲示板】
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【島根県立出雲工業高等学校】 | |
島根県立出雲工業高等学校(しまねけんりつ いずもこうぎょうこうとうがっこう, Shimane Prefectural Izumo Technical High School)は、島根県出雲市塩冶(えんや)町に所在する公立の工業高等学校。略称は「出工」(いずこう)。 | |
概要 |
◇歴史
:1944年(昭和19年)に開校した「島根県立今市工業学校」を前身とする。数回の組織改編・改称を経て1962年(昭和37年)に現校名の「島根県立出雲工業高等学校」となった。2014年(平成26年)に創立70周年を迎える。
◇設置課程・学科 :全日制課程 4学科 : ・ 機械科 : ・ 建築科 : ・ 電気科 : ・ 電子機械科 ◇校訓 :「誠実・進取・勤勉」 ◇校章 :「出雲」を表す雲の絵と、工業の「工」の文字を図案化したものを組み合わせ、その中央に「高」の文字を置いている。 ◇校歌 :作詞は山本龍一(当時の校長)、作曲は米山道雄による。歌詞は2番まであり、1番に校名の「工業」が登場する。 ◇同窓会 :「工雲会」(こううんかい)と称している。 |
沿革 |
◇工業学校時代
・1944年(昭和19年)4月1日 - 教育ニ関スル戦時非常措置方策により、島根県立今市商業学校が「島根県立今市工業学校」に転換される。 ・工業に関する機械科・建築科・航空機科の3学科を設置。 ・この時の入学生はすべて工業科1年生、商業学校1年修了者は工業学校2年生となり、商業学校2・3・4年修了者はそのまま商業学校の3・4・5年生となる。 ・在校生が卒業するまで、当面の間商業学校は維持(併置の形をとる)。 ・1945年(昭和20年) ・3月 ・修業年限短縮施行の前倒しにより、商業科4年生(1941年(昭和16年)入学生)・5年生(1940年(昭和15年)入学生)の合同卒業式を実施。 ・決戦教育措置要綱 が閣議決定され、同年4月から翌年3月末まで授業が停止されることとなる。 ・4月1日 - 授業を停止。学徒動員(勤労動員)は継続(1・2・3年工業科/4年商業科)。 ・5月22日 - 戦時教育令が公布され、授業を無期限で停止することが法制化される。 ・8月15日 - 終戦。 ・9月 - 授業を再開。航空機科を廃止し、工業化学科を設置。 ・1946年(昭和21年)4月1日 - 修業年限が5年に戻る(1・2・3・4年工業科/5年商業科)。 ・1947年(昭和22年) ・3月31日 - 商業科5年生の卒業により、商業学校が廃止される。 ・4月1日 - 学制改革(六・三制の実施、新制中学校の発足) ・工業学校の生徒募集を停止。 ・新制中学校を併設し(名称:島根県立出雲工業学校併設中学校、以下・併設中学校)、工業学校の1・2年修了者を新制中学校2・3年生として収容。 ・併設中学校は経過措置としてあくまで暫定的に設置されたため、在校生が2・3年生のみの中学校であった。 ・工業学校3・4年修了者はそのまま工業学校に在籍し、4・5年生となる。 ◇新制工業高等学校 ・1948年(昭和23年)4月1日 - 学制改革(六・三・三制の実施、新制高等学校の発足) ・工業学校が廃止され、新制高等学校「島根県立出雲商工高等学校」が発足。全日制の工業科と商業科を設置。 ・工業学校卒業生(5年修了者)を新制高校3年生、工業学校4年修了者を新制高校2年、併設中学校卒業生(3年修了者)を新制高校1年生として収容。 ・併設中学校は新制高校に継承され(名称:島根県立出雲商工高等学校併設中学校)、在校生が1946年(昭和21年)に入学した3年生のみとなる。 ・1949年(昭和24年) ・3月31日 - 併設中学校を廃止(修業年限の旧制5年から新制3年への移行が完了)。 ・4月1日 - 高校三原則による島根県内公立高校の再編。 ・島根県立出雲農業高等学校と統合され、「島根県立出雲産業高等学校 工業科」(商業・工業・農業の3学科を合わせ持つ総合高等学校)となる。 ・1951年(昭和26年)10月18日 - 校歌(現・出雲商業高校の校歌)を制定。 ・1953年(昭和28年)4月1日 - 農業科が島根県立出雲農林高等学校として分離・独立。 ・1962年(昭和37年) ・3月 - 野球部、第34回選抜高等学校野球大会(春のセンバツ甲子園大会)に初出場。 ・4月1日 - 出雲産業高校より工業科が分離し「島根県立出雲工業高等学校」として独立。電気科を新設し、4学科体制となる。 ・工業科1・2年修了者は産業高校在籍のまま2・3年生となる。また当面の間校舎は共用。 ・1963年(昭和38年) ・4月1日 - 出雲産業高校工業科の2年修了者が工業高校3年として転学。これにより出雲産業高校は島根県立出雲商業高等学校に改称。 ・この年 - 塩冶ヶ丘(現在地)に移転。 ・1969年(昭和44年)- プールが完成。 ・1971年(昭和46年)- 寄宿舎「青雲寮」を開設。 ・1975年(昭和50年)- テニスコートを整備。 ・1981年(昭和56年)- 特別教室棟を整備。 ・1984年(昭和59年)- 校訓を制定。 ・1989年(平成元年)4月1日 - 電子機械科を新設し、5学科体制となる。 ・1990年(平成2年)- 電子機械科実習棟が完成。 ・1994年(平成6年)- 記念館「工雲会館」が完成。 ・1996年(平成8年)4月1日 - 環境システム科を新設し、6学科体制となる。 ・1997年(平成9年)- 新実習棟(環境システム科・建築科)が完成。 ・2001年(平成13年)4月 - 工業化学科の生徒募集を停止。 ・2003年(平成15年)3月31日 - 工業化学科を廃止。これにより5学科体制となる。 ・2005年(平成17年)- 屋内運動場が完成。 ・2008年(平成20年)4月 - 環境システム科の生徒募集を停止。 ・2010年(平成22年)3月31日 - 環境システム科を廃止。これにより4学科体制となる。 ・2014年(平成26年)- 新校舎(管理特別棟・教室棟)が完成予定。 ・2015年(平成27年)- 新校舎(実習棟)が完成予定。 |
部活動 |
◇運動部
・野球部 ・陸上競技部 ・バスケットボール部 ・バレーボール部 ・卓球部 ・ソフトテニス部 ・柔道部 ・剣道部 ・サッカー部 ・弓道部 ・アーチェリー部 ・自転車競技部 ・水泳部 ・空手道部 ◇文化部 ・ものづくり研究部 ・吹奏楽部 ・美術部 ・写真部 ・放送部 ・新聞部 |
著名な出身者 |
・ 岡元勇人 - サッカー選手(元FC東京)
・ 江角浩司 - サッカー選手(元大宮アルディージャ) ・ 永瀬忠志 - 冒険家 |
「島根県立出雲工業高等学校」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(https://ja.wikipedia.org/)。2025年2月19日4時(日本時間)現在での最新版を取得。