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※ メニュー先より、全国の高校・公立高校・私立高校の入試偏差値ランキング一覧が確認できます(全国区の難関校が上位に表示されます)。また、地図上のリンク先で都道府県ごとの高校、色分けされた左上のリンク先で地方限定による高校の偏差値ランキングを表示させる事ができます(地元の進学校や受験する高校の偏差値等が分かります)。

久留米大学附設(普通)


偏差値72( 5つ星評価 )
5教科合計概算(250点満点)207.5点
※平均125点 標準偏差15として計算
偏差値順位全国 18位/7792校( 学科単位 )
九州・沖縄地方 2位/1200校( 学科単位 )
福岡県 1位/325校( 学科単位 )
公立/私立私立
男女共学
※記載の値はサイト独自に算出したデータであり、
ひとつの目安として参考程度にとどめてください。
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【久留米大学附設中学校・高等学校】
久留米大学附設中学校・高等学校(くるめだいがくふせつちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、福岡県久留米市野中町に所在し、中高一貫教育を提供する私立中学校・高等学校。高等学校においては、中学校から入学した生徒と高等学校から入学した生徒との間では第2学年で混合したクラスを編成する併設混合型中高一貫校。略称は久留米大附設、あるいは単に附設(「付設」は本来誤表記だが、新聞記事ではこちらが用いられる)。「附属中」と間違われることがあるが、この場合同じ久留米市内の「福岡教育大学附属久留米中学校」を指すことになる。市内を走る久留米市内を走る西鉄バスの行先表示機では、当校は「附設高校前」、附属久留米中学校は「附属校前」という風に略称を変えて混同を防いでいる。
概要 旧制・私立九州医学専門学校が学制改革に伴い新制・久留米大学となる中で1950年(昭和25年)、久留米大学商学部構内に創立。旧制・私立九州医学専門学校も元々は久留米市の官民挙げての設立であり、研究・教育のノウハウを活かして設立された。創立にあたり久留米大学初代学長兼第3代理事長小野寺直助は、 「久留米大学に進学する性格の学校ではなく、また男子校である必要性」、 「心身の鍛練のため、文武両道の必要性」、 「受験にとらわれずに純粋に学問を探究し、志望校に合格できるだけの力をつける必要性」、 「教師、校長の人材の必要性」 を唱え、九州大学医学部教授板垣政参(旧制盛岡中学で一年先輩、京都帝国大学福岡医科大学(九州大学医学部の前身)で同僚)を初代校長として招聘、旧制中学教育の良い面を継承し、戦後復興と平和に貢献できる人材の育成を目指した。その希求は校歌の歌詞にも謳われている(作詞は草創期に国語教諭の大石亀次郎)。 また、九州医学専門学校創立に寄与した石橋正二郎(ブリヂストン創業者)が財団法人石橋財団を通じて移転用地買収資金を寄付し、1968年(昭和43年)、現在の野中町に移転。1969年(昭和44年)、附設中学校設立。中高一貫校となる。 「附設」という呼称は、設立の際に大学の下位に属する「附属」ではなく大学の学部と同列に位置付けるという方針による。実際に久留米大学への内部推薦制度などはなく、進学者も少ない。 学校から東側には高良山が見える。クルメツツジの咲く頃には遠足で訪れたり、クラブ活動で走って登ったりもする。北側には筑後川流域の筑後川の戦いの舞台が見える。 かつては浪人生に学習指導を行うために補習科を設置していたが、現在は廃止されている。 2005年(平成17年)度から、高校が男女共学化。2013年(平成25年)度から中学も男女共学になった。男子には「扶桑学寮」(中学:168名、高校:192名)が校内に設置されている。 2011年(平成23年)、九州新幹線の鹿児島ルート全通開通により、熊本方面からも通いやすくなった。 共学化後も男子校の特色の名残がある。高校文化祭の名称は「男く祭(おとこくさい)」である。生徒達のみで作られる文化祭として有名。なお、「男く祭」の名称は久留米の方言で標準語の終助詞・間投詞の「さ」を「さい」「くさい」あるいは「くさ」ということからきており、「(俺達は)男だ!」位の意味であるが、もちろん「男臭い」にもかけてある。なお、元々は久留米大学の学園祭「あのく祭」(あのくさい、標準語で「あのね」位の意味)からきている。
沿革 ■ 年表

・1950年(昭和25年)久留米大学商学部商学科の敷地内に久留米大学附設高等学校を設立(同年4月より学校教育開始)。
・1968年(昭和43年)現在地に移転。
・1969年(昭和44年)中学校を設立。新年度より中高一貫教育を開始。
・2005年(平成17年)新年度入学生より高校が男女共学となる。
・2011年(平成23年)後期より新校舎(東棟)の供用を開始。
・2013年(平成25年)新年度入学生より中学も男女共学となる(中学44回生まで男子学級)。
教育方針など ■ 入試・クラス編成
中学入試で160名(4クラス)、高校入試で40名(1クラス)を募集している。創立以来ずっと男子のみの募集だったが、高校2005年度から、中学は2013年度から女子(ただし自宅から通学が条件)を受け入れるようになった。2005年度の高校共学化の際は、一部のOB、教員、生徒会などからかなりの反対意見があったものの、高校からの入学者の学力水準を維持することとなり、さらに2013年度の中学共学化により高校での運営形態が中学でも実現できる中高一貫教育となった。「扶桑学寮」(寄宿舎を参照)という男子寮を校内に設けており、男子は九州全域をはじめ、西日本各地からの入学者がいる。 高校からの入学者は1年次は別学となり、全生徒がこの時点で地理、もしくは日本史の社会科選択を行う。2年に進級した際、5クラスを混合して文系・理系クラスに分けられる。

■ 生徒会活動
中高とも体育祭・送別球技大会等の行事を生徒会の総務委員会が中心となって運営する。会長選挙は中学が9月頃、高校が5月頃。
◎ 中学
中学の選挙には会長候補と議長候補が立候補し、当選後、会長による副会長・議長・副議長・書記長・書記(2名)・会計長・会計(2名)の任命によって10名からなる総務委員会が発足する。また、同時に各生活委員会(風紀・学習・環境・体育・保健・図書)の委員長・副委員長も任命される。
◎ 高校
高校の選挙には会長候補が立候補し、当選後会長による副会長・書記(2名)・会計(2名)・庶務(2名)の任命によって10名からなる総務委員会が発足する。また、同時に各運営委員会(文化・体育・風紀・図書・環境・広報・保健・HR)の委員長・副委員長も任命される。

■ 部活動
下校時刻が18時のためさほど活発ではないが、最近では囲碁将棋部やテニス部、演劇部、陸上部、ディベート部、クイズ研究部などが全国大会に出場した。 第38回全国高等学校総合文化祭(2014年、茨城県)では高校演劇部が全国優勝した(題目「女子高生」)。演劇で全国優勝は福岡県としても初めてのことであった。 第44回全国高等学校総合文化祭(2020年,高知県)には高校合唱部出場決定している。新型コロナウィルスの影響で現地での開催は無くなっている。

■ 寄宿舎
「扶桑学寮」という名の男子寮を校内に設けている。高校寮(定員192名)と中学寮(定員168名)は別棟。入寮は自由で、寮生よりも通学生の割合が多い(およそ1:3)。

■ 歌会始
長期休暇の課題として、同校元教諭で佐藤佐太郎の門人である大津留敬の指導の下、短歌作りを定めている。歌会始では度々生徒が入選や佳作に選ばれている。

■ 校歌
スローワルツ風の三拍子校歌は、全国的に見ても稀である。 一、 高良山下の 学園に 万朶の桜 咲き揃い 若き血潮の 高鳴るを 見ずや希望の 揺籃地 二、 江月冴えて 悠久の 流れは遠し 千歳川 高き彼岸の 光明を 見ずや試練の 理想郷 三、 修羅道の世を 救うべく 平和の偉業 任として 築く不朽の 真善美 見ずや我らの 大使命
大学進学実績 東京大学や京都大学、慶應義塾大学や早稲田大学といった全国トップクラスの難関国公立・私立大学へ、毎年多くの合格者を輩出している。また、国公立大学医学部にも多くの合格者を輩出しており、特に、地元の九州大学医学部医学科(定員111名)には毎年20~30名程度の合格者を輩出している。
交通アクセス ◇バス
・西鉄バス久留米
 ・附設高校前バス停 - 正門前 1Fバスセンターよりバスで約15分。ただし交通渋滞で遅れることが多く、25分ほど掛かることがある。
  ・2番系統(野中経由・信愛女学院行き)
  ・7番系統(船塚経由・信愛女学院行き)
 ・十三部バス停 - 国道322号上。徒歩10分程度。
  ・1・7・8・9・20・22・24・25・40・48番
西鉄バス路線図 2ページ目:中心部
・鉄道
 ・JR九州
  ・久留米大学前駅(久大本線)- 久留米大学敷地内を横断して徒歩20分以内。
  ・JR久留米駅(鹿児島本線)- 駅前よりバスで約25分。(西鉄バス2番・7番系統)
 ・西鉄
  ・西鉄久留米駅(天神大牟田線)- 1Fバスセンターよりバスで約15分。(西鉄バス2番・7番系統)
歴代校長 ・初代 1950-1959 板垣政参
・二代 1959-1961 楢崎広之助
・三代 1961-1965 大内覚之助
・四代 1965-1979 原巳冬
・五代 1979-1990 世良忠彦
・六代 1990-1993 緒方道彦
・七代 1993-1998 鹿毛勲臣
・八代 1998-2006 樋口忠治
・九代 2006-2008 古田智信
・十代 2008-2017 吉川敦
・十一代 2017-    町田健
著名な出身者 ・中野三敏(国文学者。九州大学名誉教授、文化功労者)
・国武豊喜(九州大学工学部教授、文化勲章受章)
・大藪龍介(政治学者、運動家。元福岡教育大学教授)
・鳥越俊太郎(ジャーナリスト)
・川田洋輝(発明協会理事長、元資源エネルギー庁長官、元山形県警察本部長)
・山田パンダ(ミュージシャン、「かぐや姫」)※中退
・河北秀也(東京芸術大学美術学部デザイン科教授、アートディレクター)
・中村寛樹(中央大学商学部准教授)
・服部良一(元衆議院議員)
・蒲池光久(ファンティック代表取締役CEO、元東海大学研究推進課課長(2012年まで)、ラリードライバー。松田聖子の兄)
・高橋精一郎(三井住友銀行常務取締役)
・城下尊之(芸能リポーター)
・高山博(歴史学者)
・石橋政広(元警察官僚)
・鶴丸哲哉(ルネサスエレクトロニクス会長)
・町田健(言語学者、名古屋大学大学院文学研究科教授)
・穐田宗隆(東京工業大学化学生命科学研究所教授)
・孫正義(ソフトバンクグループ創業者、実業家)※米国留学のため中退
・細川隆司(九州歯科大学歯学部歯学科教授、日本口腔インプラント学会専門医・指導医、日本補綴歯科学会専門医・指導医)
・辻俊彦(キャピタリスト)
・椎葉ユウ(ラジオパーソナリティ)
・井原裕(精神科医、獨協医科大学教授)
・徳永博基(駐ベラルーシ特命全権大使)
・藤野公之(元文部科学省大臣官房文部科学戦略官、東京工業大学理事・副学長)
・ 青沼隆之(元名古屋高等検察庁検事長、元次長検事、元法務省保護局長)
・葉玉匡美(弁護士・元法務省民事局付検事)
・福嶋健一郎(衆議院議員)
・本村健太郎(タレント、弁護士)
・大家敏志(参議院議員)
・中沢直人(歌人・憲法学者)
・信國太志(デザイナー)※高校で中退
・古賀篤(衆議院議員)
・井上治(実業家・住友電気工業社長・日本電線工業会会長)
・村井利彰(実業家・ニチレイ社長・日本冷蔵倉庫協会会長・大日本水産会副会長・食品産業センター副会長)
・孫泰蔵(Mistletoe代表取締役社長、実業家。孫正義の実弟)
・堀江貴文(実業家・著作家、元ライブドア社長)
・三木雄信(実業家・日本年金機構理事)
・吉松孝(番組キャスター/テレビ番組プロデューサー)
・森下稔(東京海洋大学准教授)
・熊谷敦史(医学者、外科医(被ばく医療学、甲状腺学))
・楠田大蔵(福岡県太宰府市長、元衆議院議員)
・上田泰己(理化学研究所再生・発生科学総合研究センター チームリーダー)
・桑野智宏(NHKドラマディレクター)
・高田旭人(ジャパネットたかた代表取締役社長。高田明の長男)
・荒川豊(九州大学教授)
・松居大悟(脚本家・演出家)
・谷口崇(アニメクリエイター)
・重松佑佳(元虹のコンキスタドール)
・荒戸完(ディスクジョッキー、ナレーター)
・小西陸斗(朝日放送アナウンサー)
・執念ボンバー (YouTuber)
・福崎康平 (クックパッド Japan CEO)

「久留米大学附設中学校・高等学校」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(https://ja.wikipedia.org/)。2020年12月6日3時(日本時間)現在での最新版を取得。

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