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小城(普通)


偏差値51( 3つ星評価 )
5教科合計概算(250点満点)128.75点
※平均125点 標準偏差15として計算
偏差値順位全国 2354位/7791校( 学科単位 )
九州・沖縄地方 241位/1200校( 学科単位 )
佐賀県 14位/82校( 学科単位 )
公立/私立公立
男女共学
※記載の値はサイト独自に算出したデータであり、
ひとつの目安として参考程度にとどめてください。
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【佐賀県立小城高等学校】
佐賀県立小城高等学校(さがけんりつおぎこうとうがっこう,)は、佐賀県小城市小城町に所在する県立高等学校。略称は「小城高(おぎこう)」。別名「黄城(おうじょう)」。
設置学科 ・ 普通科
概要 ◇歴史 :1899年(明治32年)に創立した「旧制佐賀県立小城中学校」(男子校)と1908年(明治41年)に創立した「佐賀県立小城高等女学校」を前身とする。1948年(昭和23年)の学制改革で統合され、「佐賀県立小城高等学校」(新制高等学校)となった。創立年は旧制・小城中学校の創立年1899年(明治32年)をもとに数えられており、2009年(平成21年)に創立110周年、2019年(平成31年)に創立120周年を迎えた。
◇校訓
・「創意」 (Originality)
・「挑戦」 (Great Challenge)
・「誠実」 (Integrity)
 ・それぞれの英語の頭文字を合わせると「OGI」(小城)となる。

◇スクールアイデンティティー :「オンリーワンを見つけ、育てる小城高校」
◇校章 :桜の花を背景に「高」の文字(旧字体)を配している。
◇旧校章
・旧制・小城中学校 - 桜の花を背景に「中」の文字を配している。
・小城高等女学校 - 二重丸の中に桜の花を置き、「小城」の文字(縦書き)を配している。
◇校歌 :作詞は林学水、作曲は信時潔による。1950年(昭和25年)3月に制定。歌詞は3番まであり、3番に学校名を表す「黄城」が登場する。同窓会のウェブサイトで下記の旧校歌とともに、歌詞が閲覧できる。
◇旧校歌
・旧制・小城中学校 - タイトルは「窓べに仰ぐ天山の」。作詞は小城中学校、校閲は佐々木信綱、作曲は弘田竜太郎による。1939年(昭和14年)5月に制定。歌詞は4番まである。
・小城高等女学校 - タイトルは「天山のみ山たふとみ」。作詞は森鷹一、作曲は保田正による。1937年(昭和12年)12月に制定。歌詞は3番まである。
◇他の歌
・「應援(応援)歌」 - 3番まであり、各番とも「いざ闘わん小城高 かがやく小城高」で終わる。
・「精鋭歌」 - 2番まであり、両番とも「我らが精鋭小城高健児」で終わる。
・「必勝の踊り」 - 2番まであり、両番とも「勝つ勝つ小城高きっと勝つ」で終わる。
・「小城高音頭(エッサッサー)」 - 3番まであり、各番とも「サノエ〜サノエ〜サノエッサッサ〜」で終わる。
◇校地 :校地面積は6万kmで、佐賀県立の高等学校の中で2番目の広さである。
◇同窓会 :学校の別名にちなみ、「黄城会」と称する。
沿革 ◇旧制中学校(男子校)
・1899年(明治32年)4月1日 - 「佐賀県立第一中学校小城分校」として創立。(創立年)入学者数は102名。小城町役場の一部を間借りし、授業を開始。
・ 1900年(明治33年)4月 - 小城町・岩松村・晴田村・三里村の寄付で、旧小城藩主邸跡(現在地)に校舎の一部が完成し移転。
・ 1901年(明治34年)6月- 「佐賀県立佐賀中学校小城分校」と改称。
・ 1902年(明治35年)
 ・4月1日 - 佐賀中学校から独立し、「佐賀県立小城中学校」(旧制)と改称。
 ・6月 - 初代校長に瀬川彦四郎が就任。校章(桜の花に「中」の文字)を制定。
・ 1905年(明治38年)8月 - 同窓会組織「黄城会」が結成。
・ 1939年(昭和14年)5月 - 校歌「窓べに仰ぐ天山の」を制定。
◇高等女学校
・1908年(明治41年)1月4日 - 「小城町四ヵ村組合立小城女学校」が開校。修業年限を本科2年、別科1年、研究科1年とする。初代校長には五郎川一郎が就任。
・ 1914年(大正3年)4月 - 「小城町外五ヵ村学校組合立小城実科女学校」と改称。
・ 1919年(大正8年)- 「小城町外六ヵ村学校組合立小城実科女学校」と改称。
・ 1921年(大正10年)4月 - 「組合立小城高等女学校」と改称。
・ 1924年(大正13年)4月 - 移管により、「佐賀県立小城高等女学校」と改称。
・ 1937年(昭和12年)12月 - 校歌「天山のみ山たふとみ」を制定。
・ 1938年(昭和13年)8月 - 「樟彰館」(同窓会館)が完成。
・ 1939年(昭和14年)7月 - 創立25周年を記念し、茶園(4反歩)を二瀬川に造成。
◇新制高等学校
・ 1948年(昭和23年)4月1日 - 学制改革に伴い、旧制・小城中学校と小城高等女学校を統合し、「佐賀県立小城高等学校」(現校名、新制高等学校)が開校。
 ・ 旧制・中学校を第一部、旧高等女学校を第二部と称し、当初は男女別学を行う。生徒定員は全日制普通課程を1,200名、定時制普通課程を100名とする。
・ 1949年(昭和24年)4月 - 2部制(男女別学)を廃止し、全面的に統合。男女共学となる。
・ 1950年(昭和25年)3月 - 校歌を制定。
・ 1953年(昭和28年)- 牛津分校(定時制)を開校。(入学者数1,660名)
・ 1954年(昭和29年)- 多久分校(定時制)を開校。(入学者数1,910名)
・ 1957年(昭和32年)4月 - 本校定時制の家庭課程の生徒募集を停止し、全日制家庭課程の募集人員を90名とする。
・ 1963年(昭和38年)4月 - 牛津分校が佐賀県立牛津高等学校として分離・独立。
・ 1964年(昭和39年)4月 - 家庭科の生徒募集を停止し、普通科のみとなる。
・ 1965年(昭和40年)9月 - 体育館が完成。
・ 1966年(昭和41年)3月1日 - 多久分校を閉校する。
・ 1967年(昭和42年)3月 - 武道館が完成。
・ 1967年(昭和42年)9月9日 - 柔道部員6名が、1年生部員1名に殴る蹴るなどの暴行を加え、顔面挫傷、脳震盪等を負わせた傷害事件が発生。
・ 1969年(昭和44年)3月28日 - 図書館が完成。
・ 1972年(昭和47年)3月31日 - プール(50m・9コース)が完成。
・ 1988年(昭和63年)- 本校の定時制を閉校する。
・ 1989年(平成元年)9月 - 黄城教育会館が完成。「樟彰館」(同窓会館)を解体。
・ 1993年(平成5年)4月 - 制服改定。この時の入学生より森英恵デザインの新制服を着用。
・ 1994年(平成6年)3月 - 旧多久分校校舎(市消防庁舎)を解体。
・ 1998年(平成10年)7月 - 英国ラグビー校研修派遣を開始。
・ 1999年(平成11年)
 ・ 5月 - 校訓碑が完成。
 ・ 10月 - 創立100周年記念式典を挙行。
・ 2001年(平成13年)2月 - 推薦入試を開始。
 ・ 3月-図書館ギャラリー整備
・ 2002年(平成14年)- 文部科学省・佐賀県教育委員会指定 高等学校「教育課程」研究校委嘱
 ・ 5月- 教育棟空調設備完備
・ 2003年(平成15年) 4月 - 生徒定員920名
・ 2004年(平成16年) 4月 - 生徒定員880名
・ 2005年(平成17年) 4月 - 生徒定員840名
・ 2007年(平成19年) 4月 - 生徒定員800名
・ 2008年(平成20年) 4月 - 生徒定員760名
・ 2009年(平成21年) 1月9日 - ユニバーサルデザイン化工事
 ・ 3月6日 - [管理棟・図書館棟耐震改修工事
 ・ 4月1日 - 生徒定員720名
 ・ 10月 - 創立110周年記念式典
・ 2012年(平成24年)3月 - 体育館耐震改修工事
・ 2013年(平成25年)3月 - 芸術棟耐震改修工事
・ 2015年(平成27年)9月 - 教室棟改築工事
・ 2019年(平成31年)4月 - 生徒定員680名
・ 2020年 (令和2年)4月 - 生徒定員640名
・ 2021年 (令和3年)4月 - 生徒定員600名予定
年間行事 3学期制
◇1学期
・4月 - 始業式、入学式、開校記念天山登山
・5月 - 黄城会総会、中間考査
・6月 - 高校総体、期末考査
・7月 - クラスマッチ、三者面談、終業式、夏季特課(補習)
・8月前半 - 夏期特課(補習)、体験入学
◇2学期
・8月後半 - 始業式
・9月 - 小城高祭(体育祭・文化祭)
・10月 - オンリーワン発表会、中間考査
・11月 - 期末考査
・12月 - クラスマッチ、三者面談、終業式、冬季特課(補習)
◇3学期
・1月 - 始業式、百人一首カルタ大会、修学旅行、耐寒訓練
・2月 - 高校入試(特別選抜)学年末考査
・3月 - 卒業式、高校入試(一般選抜)、終業式
部活動 ◇運動部
・ 柔道部
・ 剣道部
・ 弓道部
・ 陸上部
・ バドミントン部
・ テニス部
・ ソフトテニス部
・ 野球部 - 全国高等学校野球選手権大会(夏の甲子園)・選抜高等学校野球大会(春のセンバツ)に出場経験がある。
 ・ 1978年(昭和53年)第60回大会(夏の甲子園)に初出場。- 第一回戦 対所沢商業 2-9で敗北。
 ・ 2007年(平成19年)第79回大会(春のセンバツ)に初出場。- 第一回戦 対帝京 1-9で敗北。
・ 卓球部
・ バスケットボール部
・ バレーボール部
・ サッカー部
◇文化部
・ 美術部
・ 書道部
・ 茶道部
・ 放送部
・ 吹奏楽・合唱部
著名な出身者 ◇政財界
・ 吉村久夫(元日経BP社会長、東京佐賀県人会会長)
・ 原口忠次郎(元神戸市長、工学博士 ポートアイランド構想、着工)
・ 横尾俊彦(多久市長)
・ 江里口秀次(小城市長)
・ 渕上綾子(北海道議会議員、トランスジェンダー)
・ 宮副新一(元佐賀共栄銀行頭取)
・ 田中季雄(元住友軽金属初代社長)
・ 田中丸善蔵 (玉屋デパート創始者)
・ 坂井秀明(佐賀銀行頭取)
・ 南里隆(佐賀県副知事)
◇教育
・ 宗内敦(都留文科大学名誉教授)
・ 角田政芳(東海大学法科大学院教授)
・ 岩野茂道(元熊本学園大学学長)
・ 瀬戸秀幸(防衛大学校システム工学群機械システム工学科教授,工学博士(東大),メガフロート,戦艦大和等研究)
・ 下野昇(山梨大学名誉教授、日本テノールの草分け的存在)
・ 末永敏和(大阪大学法学部教授、法学博士)
・ 堤啓次郎(西南学院大学名誉教授)
・ 野澤健(立命館大学教授)
◇その他
・ 土井敏邦(フリージャーナリスト)
・ 吉田宗雄(海軍中佐 駆逐艦呉竹艦長)
・ おほしんたろう(お笑い芸人 ワタナベエンターテインメント九州事業本部所属)
・ 安河内将(競艇選手。甲子園出場を経験。元アマチュア野球選手)
・ 牛丸義留(元厚生事務次官)
・ 福地経人(元プロ野球選手。近鉄バファローズ、福岡ソフトバンクホークス管理部長)
・ 川頭秀人(元プロ野球選手。福岡ソフトバンクホークス)
・ 永井隆幸(サガン鳥栖強化部長)
・ 福地周夫 (海軍大佐、海軍くろしお物語、続海軍くろしお物語著者)
・ 太田敏彦(元プロ野球選手。読売ジャイアンツ)
・ 松尾栄蔵(弁護士、TMI総合法律事務所パートナー)
・ 香田清貞(陸軍大尉、二・二六事件決起将校)
・ 黒岩勇(海軍少尉、五・一五事件決起将校)
・ 村山格之(海軍少尉、五・一五事件決起将校)
・ 中野良次(陸軍中将、関東軍参謀)
・ 須賀野チイ(彫刻家)
・ 香田雅隆(小樽観光協会事務局長、ニトリツアー創業者)
・ 寺崎邦朗(佐賀県剣道連盟理事長、剣道界最高位 範士)
・ 田久保諭(琉球放送アナウンサー)
・ 倉本彩(熊本県民テレビアナウンサー)
舞台となった作品 ・ 映画『男はつらいよ ぼくの伯父さん』(1989年(平成元年)12月26日公開)男はつらいよシリーズの42作目) - 後藤久美子演じる泉が東京から転校した学校。通用口付近で撮影が行われた。
アクセス ◇最寄りの駅
・ 九州旅客鉄道唐津線「小城駅」
◇最寄りのバス停
・昭和自動車 小城発着所
◇最寄りの道路
・ 国道203号
・ 佐賀県道42号小城牛津線
・「小城町下町」交差点
周辺 ・ JR九州小城駅
・ ゆめぷらっと小城
・ 小城郵便局
・ 小城公園
・ 小城ルーテルこども園
・ 小城市立桜岡小学校
・ 小城市立小城中学校
・ 西九州大学看護学部
・ 佐賀県農業協同組合佐城地区中央支所
・ 小城市民図書館 小城館
・ 小城市立歴史資料館 中林梧竹記念館

「佐賀県立小城高等学校」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(https://ja.wikipedia.org/)。2024年12月6日6時(日本時間)現在での最新版を取得。

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